吾妻連峰 | ![]() |
一切経山 1949.1m 家形山 1877m 兵子 1823m |
山行日 | 1999年8月17日(火)〜18日(水) |
ルート | 浄土平→一切経山→東大巓→西吾妻山→かもしか展望台→北望台=(リフト利用)=白布温泉 |
コースタイム | 1日目 浄土平から家形山 1610 浄土平 → 1720 一切経山 → 1745 五色沼 → 1820 家形山(泊) 2日目 家形山から西吾妻山縦走 0540 家形山 → 0622/0630 兵子 → 0655/0700 ニセ烏帽子 → 0725/0740 烏帽子山 → 0815/0830 昭元山 → 0905/15 谷地平分岐 → 0935 東大巓 → 0942/45 弥兵衛平小屋分岐 → 0955/1010 弥兵衛平 → 1122/35 人形石 → 1220/50 凡天岩 → 1305/15 西吾妻山 → 1330/45 凡天岩 → 1420/40 かもしか展望台 → 1450 北望台 |
天候 | 晴れ時々曇り |
安達太良山から土湯峠に下山したあと、引き続き吾妻連峰を目指して浄土平に向かった。以前に一切経山周辺の派手な風景を楽しんだが、今回はさらに湿原と茫洋とした山々の連なりを楽しみにしていた。 一切経山と東部の山
一切経山へは、背後に遠ざかる浄土平を振り返り、だんだん低くなる吾妻小富士を見ながらの、ガレた急斜面の登りである。火山ゆえか木々は少なく、見通しはすこぶる良いが、太陽はグングンと低くなっており、もくもくと足を動かした。酢ヶ平避難小屋の分岐で一息いれる。確かに新しくなった小屋が眼下に見えた。鎌沼が夕日に光り、また目指す一切経山の頂上が青空を背景に夕日に照らされて明るく輝いている。この分岐からは、もうさしたる急登は無く、緩やかなガレ場の登りを再び顔を出した吾妻小富士を振り返りながら行くと、広く360度の展望のある一切経山の山頂に着いた。しかしこの山の一番の楽しみは、反対側に立つと眼下に見える五色沼であろう。最初に何の予備知識も無くここに立ち、その美しさに息を飲んだものであった。今日も岸を夕日に照らされ、湖面が青く輝いていた。 朝は鳥のギャーギャーと騒ぐ声が目覚ましになった。5時を過ぎており、林の外はすでに明るい。さっそく撤収して出発する。今までの道とは変わって、樹林の中の暗い道となり、滑川温泉への分岐を過ぎると、ぬかるんだ道がずっと続くようになった。太ったミズバショウのなれの果ての間を縫って歩くような部分もでてくる程である。それほど大きなアップダウンは無いまま、兵子の分岐に着く。入り口に、兵子から大日岳を経て下山する道は整備され通行可能とある。三階滝経由では無く、尾根通しに整備されたようだ。とりあえず、兵子まで往復する。意外に高度差があり、最後は岩の積み重なった頂上によじ登った。ここは360度の展望があり、是非素通りせず立ち寄るといい。これから行く縦走路の山々が綺麗に見え、遠く東大巓とその尾根上に矢兵衛平小屋まで見える。東大巓周辺は広大な平原状で、大変気持ちよさそう。そこまではきっちり突起がいくつか続いている。
吾妻連峰は、火山と火口湖から始まって、前半の暗く湿った森、そして後半の穏やな山容や湿原そして花の高原と、いくつもの顔を持った山であった。最高点だけということで西吾妻山だけ登る人もいるようだが、やはりこの山並みのいろんな表情を見て欲しいと思う。何度訪ねても飽きの来ない、素晴らしい山並みである。 本文中の写真 |
参考図書・地図 アルペンガイド 東北の山(1993年8月第1刷) 昭文社エアリアマップ 磐梯・吾妻・安達太良(1996年版) 25000図 土湯温泉 吾妻山 天元台 50000図 福島 吾妻山 |
![]() 一切経山付近から吾妻小富士を振り返る |
その他のコース 滑川温泉→家形山、兵子 滑川温泉→明月荘→東大巓 谷地平→東大巓 白布峠→西大巓→西吾妻山 その他多数 | |
交通機関 浄土平まではシーズン中、福島駅より吾妻スカイライン観光路線バスが運行されています。 詳細は、浄土平ビジターセンターでご確認下さい。 白布温泉までは、米沢駅よりバスが多く運行されています。 詳細は、山交バスでご確認下さい |
吾妻連峰縦走 No.1999-20 夏休み2つ目の山として、吾妻連峰に向かいました。事前情報収集不足で、ちょ っとした失敗(大事に至らなかっただけ?)をしてしまいました。 【日 程】99年8月17日(火)〜99年8月18日(水) 【目 的】吾妻連峰縦走 【天 候】晴れ時々曇り 【コース】17日 1610 浄土平 → 1720 一切経山 → 1745 五色沼 → 1820 家形山(泊) 18日 0540 家形山 → 0622/0630 兵子 → 0655/0700 ニセ烏帽子 → 0725/0740 烏帽子山 → 0815/0830 昭元山 → 0905/15 谷地平分岐 → 0935 東大巓 → 0942/45 弥兵衛平小屋分岐 → 0955/1010 弥兵衛平 → 1122/35 人形石 → 1220/50 凡天岩 → 1305/15 西吾妻山 → 1330/45 凡天岩 → 1420/40 かもしか展望台 → 1450 北望台 【山 名】一切経山 1948.8m 家形山 1877m 兵子 1829m ニセ烏帽子 1836m 烏帽子山 1879m 昭元山 1892.6m 東大巓 1927.9m 西吾妻山 2035m 【メンバー 】単独 【山 域】吾妻連峰 【参考書】ヤマケイアルペンガイド 東北の山 エアリアマップ 磐梯/吾妻/安達太良 1.一夜の宿 安達太良から下山して、土湯峠からのバスが浄土平に着いたのは16時過ぎ、ここから比較的近くて確実なのは、酢ヶ平避難小屋である。改装してきれいになっているらしい。しかし、明日の事を考えれば、家形山あたりまで行ければ先が楽になるので、敢えて家形山避難小屋を目指してしまった。 浄土平から一切経山に登るのは2回目である。背後に遠ざかる浄土平を振り返り、だんだん低くなる吾妻小富士を見ながらの登りはガレたかなりの急斜面の登りになる。しかし五色沼まで行くには残された時間はあまりないので、休まずもくもくと足を動かした。酢ヶ平の小屋の分岐あたりで一息いれる。確かに新しくなった小屋が眼下に見える。鎌沼が夕日に光り、また目指す一切経山の頂上が青空を背景に夕日に照らされて明るく輝いている。 この分岐からはもうさしたる急登は無く、緩やかなガレ場の登りを再び顔を出した吾妻小富士を振り返りながら行くと、広い一切経山の山頂に着いた。まずまずのペースである。山頂の反対側に立つと五色沼が見える。最初に何の予備知識も無く、ここに立った時は息を飲んだものであった。それ程までに美しい。今日は期待して立ったが、やはり美しい沼であった。 その湖畔までは、草木の無いザラザラした急斜面を下ったあと、樹林の中の道を下る。すぐ下に沼が見えるが、実はかなり厳しい下りである。降り着いた湖畔から一切経山を振り返ると、随分高くなっている。 さて、今日泊まりたい家形山避難小屋であるが、ヤマケイのガイドの地図には家形山の登り口にあり、昭文社の地図にはかなり下ったところにある。浄土平で仕入れた情報だと、家形山の登り口のあたりと解釈していたが、そんなもんどこにもない。おまけに、避難小屋があると思われる、緑樹山荘側に下る道は入り口に立入禁止の札が立っていた。太根森側の慶応山荘に降りる道もちょっと下ってみて、ちょうど対岸になる家形山の山腹を見たがそれらしきものは見つからず、もう夕日は一切経山の頂上を照らす程度に落ちているので、あるかどうかわからないものをあてにして下るのもいやなので、フォーストビバークとした。せめて25000図でも持ってきていればというところだが、あわただしく出発したので、それも用意がなかった。 魔が差したというか、こんな時に限ってツェルトを持っていないものである。いつも使わず持って帰るだけなので、今回はいいやと思って置いてきてしまった。幸い雨が降りそうにないのはラッキーであった。五色沼湖畔は遭難碑があり、動物も含めて何か出そうな気もするので、ちょっと頂上が広そうな家形山に登ることにする。山頂は平らで広いが、山頂の標識の後ろがカラマツ林になており、その中によく踏まれた一角があったので、そこにマットを敷いてシュラフを被って転がった。その場所は廻りが強風で唸っていても風が吹かず、平らで静かないい場所だった。ちょっと蚊が鬱陶しかったが、夜も更けると風もやみ、ちょうど涼しいくらいの夜で、カラマツの葉の間から星が見えると思いつつ、しばらく寝付かれなかったが、いつのまにか眠ってしまっていた。 2.縦走路 朝は鳥のギャーギャーと騒ぐ声が目覚まし時計になった。5時を過ぎており、林の外は明るくなっていた。さっそく撤収して山頂に出て出発する。 今までの道とは変わって、樹林の中の暗い道となる。最初のうちは道もいいが、滑川温泉への道を過ぎると、ぬかるんだ道がずっと続くようになった。太ったミズバショウのなれの果ての間を縫って歩くような部分もある。それほど大きなアップダウンは無く、兵子の分岐に着く。入り口には、兵子から大日岳を経て下山する道は整備され通行可能と書いてある。三階滝経由では無く、尾根通しに行く道が整備されたようだ。兵子まで往復する。意外によく登って、最後は岩の積み重なった頂上によじ登る。ここは360度の展望があり、是非立ち寄りをお勧めする。これから行く縦走路が綺麗に見えるからである。遠く東大巓とその尾根上に矢兵衛平小屋が見える。東大巓あたりは広大な平原状ですごく、気持ちよさそう。そこまではきっちり突起がいくつか続いている。しかし、遠い.... ここから東大巓の手前の昭元山まで、3つのピークを登っていくことになるが、高さは順番に高くなるものの、鞍部の標高はそれほど変わらないどころか、最後の鞍部が少しばかりであるが一番低い。ということは、登り返しがだんだん大きくなって行くということである。しかし最大120m程度なので大したことはないと考え進んでいく。相変わらず展望の無い樹林の中だが、だんだん笹が濃くなってきた。この時間に笹の中を歩くと言うことは、ずぶぬれになるということである。ときどき背丈くらいのところにもつっこんでいくので、上半身からずぶぬれである。笹露と、足元のズブズブの道で、ほとんどヤケクソであり、とにかく、東大巓が待ち遠しい。 ニセ烏帽子はそれほどの登りでは無いが、展望はない。烏帽子山からの展望は素晴らしく、西側が開け、これから向かう方向が綺麗に見えた。烏帽子からの下りは、ハイ松と岩の急降下で一気に下る。上からは見えていた鏡沼が、降り立った鞍部にあるはずだが、縦走路からは見えない。昭元山は濡れる登りでなく、いかにも普通の登りでホッとするが、一旦あれ巻いていくの?と思うように横によれたあと、また登っていく。気持ちの切り替えが大変であった。(^^;; さて、やっと縦走路の中でもお楽しみの部分に入っていく。昭元山から下って少し登り返したあたりから、だんだん木々の背丈は低くなってくる。時折潅木に弾かれながら進むが、もう濡れるまでは行かない。気分良く歩けるようになて、やっと谷地平からの道に合流する。ここからは、青空の下で伸びやかな尾根の登りである。池塘もある湿原を時折見ながらゆっくり登って東大巓の山頂に立つ。但し山頂は少しばかり縦走路から引っ込んだところにあり、展望はない。緩やかに下って、矢兵衛平小屋への道を分け、矢兵衛平の稜線状の広大な湿原歩きとなる。木道は緩やかに下っていくが、広く長く広大である。もう花は少ない時期だが、緑に残ったワタスゲなど、早苗のようで美しい。残念ながら木道などの整備が遅かったためなのか、かなり道の周囲が荒れているのが痛ましい限りである。適当に休みつつ湿原を楽しんでいると、今日初めての人に出会った。追い越されたので、谷地平の方から来られた人ではなかろうか?と思う。その後すれ違う人も出てきて、だんだん行き交う人がでてきた。藤十郎はピークの遥か下を巻いてすぎ、イロハ沼に少し下ったあと、中大巓への登りにかかる。以外と険しい登りで、そろそろかなりの疲れを感じてきている。たどり着いた人形石は観光らしい人が登っていた。 ここらで、最初は西大巓まで行って西吾妻小屋あたりで泊まることも考えていたが、明日の行動がちょっと中途半端になるので、西吾妻まで行ってリフトで下ってしまうことに計画を変更した。リフトは下りに使う分にはあまり抵抗がない。あまり、下りは歩きたくないのである。人形岩から直接大凹に下る道は今は通行止めで、カモシカ展望台に向かってから木道の道を下る。このあたりは、リフトで訪れる人が多く、踏み荒らしなどの無いよう、道が整備されている。大凹には今日初めての水場があり、水をいっぱい補給し、凡天岩への登りにかかる。この斜面は前半はかなりの岩混じりの急登で疲れた体には相当苦しかった。後半は緩やかな木道の登りになるが、もう体力を使い果たした格好でよたよた登っていった。凡天岩は、遠くから見るともう少し高さがあれば金峰山の五丈岩の雰囲気がある。まわりは石がゴロゴロした平地になっていて、ゆっくり休憩した。 凡天岩に荷物を置いて西吾妻山を往復することにした。少しいくと、同じような岩のゴロゴロした平地があり、今度は吾妻神社がある。ここから少しだけ下ってあとは40m程度の登りで連峰最高峰の西吾妻山の山頂である。山頂は、標識があるだけで、見事に展望も何もない。手前にいい展望があって山頂が樹林に囲まれているのは大菩薩みたいだと思った。そういえば標高も近い。山頂であった青年は、ヒッチハイクを続けて旅をしているとのこと。若女平経由で1.5Hで登ってきたというから、軽荷とはいえ、健脚である。明日は安達太良に行きたいとのことであった。 結局凡天岩で休んで以降、疲労が回復したので、カモシカ展望台まで快調に登り返した。観光客的な方もいないではなかったが、建物も望遠鏡も無い展望台は意外に思っているかもしれない。ただ、ここはかなり気持ちのいい場所である。 10分ほどでリフト乗り場に着き、下りのリフトにのる。ザックを背負ってのリフトはまして下りだとちょっと乗りにくい。最初のリフトこそ長く高度差を稼いでいくが、2本目/3本目はあんまり高度差も大きくなく、リフトに沿って話したり立ち止まったりしながら歩いている人とスピードはほとんど変わり無かった。最後のリフトの下にはピンク色の花がたくさん咲いていて、そこにたくさんのアサギマダラが群れていた。30匹くらいはいただろうか。これほどたくさんを一気に見たのは初めてであった。 吾妻山は出だしの火山と、前半の暗い湿った森と、後半の穏やかで湿原や花の高原といくともの顔を持った山でした。百名山ということで西吾妻山だけ登る人がいるかもしれませんが、深田久弥も「これほど茫洋としてつかみどころの無い山もあるまい」と言われているように、最高点だけ登ってこの山を登ったことにするのは、とてももったような気がします。そのあたりは、那須や安達太良と同じでその拡大版ですね。少なくとも、西吾妻山頂・弥兵衛平(東大巓)・一切経山あたりは押さえておいて欲しいものです。 さて、この後一気にロープウェイで白布湯元まで下り、バスで米沢に出て山形のビジネスホテルに泊まりました。昨日は星空で、今日はホテル・・・・とにかく午前中にグジャグジャになった服を洗いました。 |