髯山

687.7m

山域:高見山地
2000.12.17


髯山は「ひげやま」であるが、なかなか興味を惹かれる名前である。嬉野町の中でも奥まった宇気郷の小原にあり、地元の人々によってハイキングコースとして整備されているらしい。楽に歩けそうな山でもあり、天気予報は良くなかったが、それほどひどくはならないだろうと、訪ねてみることにした。

嬉野町の宇気郷へは、中村川の狭い谷筋に沿って走る県道嬉野美杉線を奧へ奧へと入っていく。そして谷が広がったところの平地に出現するのが、小原の集落である。バス停の先の猪手橋を渡ってしばらく進むと、右手に髯山遊歩道の看板と、台風十号の犠牲者の供養塔があった。ガイドブックにはこのあたりから歩くように奨められているので、ちょうど通り掛かった村の人に、車を停める場所を訊ねると、「500mくらい先まで上がっていけるから車で入るといい。広場があって停められる。」とのこと。せっかくだし、小雨でもあるので、車で入ってもいいか..と思って林道を上がっていった。
かなりの急坂を車は喘いで登っていく。しばらく走ると、崩壊のため通行禁止ということでロープがはってあり、手前に2〜3台車を置くスペースがあったので、雨具をつけて歩き出した。どうやら急坂を終えて、林道が緩やかになった地点まで車で登ってきたようだ。
ここからは比較的ゆったりとした道が続いた。荒れていたり、部分的に綺麗に舗装されていたりする林道をいくと、しばらくしてコンクリートの舗装の下が抜けている所があった。入り口まで500mの看板があるところまで来ると、ログハウス調のトイレと駐車スペースがあるが、今はここまで上がってこれないので、草が繁っていた。
駐車地から20分ほどの歩きで山頂まで830mの標識とともに、山道に入っていく。手入れされた植林地の中をゆっくり登っていくと、程なくして送電鉄塔の広場に出た。再び暗い植林地に入りそれほど急でもない道をのんびりと行くと、左側に少しだけ松や雑木林が出てくる。それもつかの間で、再度整備された植林地に入り、これを抜けると階段が整備された道となった。最後は少し急登にはなるが、登り詰めれば山頂であった。
山頂には髯山(ひげやま)の由来が書かれた看板があった。それによると、火揚げ山から転じたもので、北畠時代に烽火を上げる場所とされ、近隣の城に伝達されたということである。今でも一角に烽火を上げた3方を石で囲った堀り込みが残っている。また、篝嶽とも呼ばれたことのことである。山頂には仏像が祀られていた。
展望は大きくは開けないが、北に方に見えるのは矢頭山だろうか。そういえば矢頭山からは、髯山がすぐ近くに見えたことを思い出す。今日は雲海の上に、山頂だけが霞んで見えるという幽玄な風情であった。北の清水峠へは、藪が深そうではあるが、踏み跡が続いていた。
山頂の横には、新しいあずまやがあり、小雨の中でちょうどいいと、ノートに記帳しながらしばらく休憩する。意外と落ち着けるいい山頂だなと思った。下りはあっという間で、林道を下りながら、雨で湿った冷たい空気を胸一杯吸った時、なぜか遠い昔の雨の記憶が甦って懐かしかった。

本文中の写真

  • 山頂からの矢頭山方面の展望


  • 記録

    日 程

    2000年12月17日(日)

    天 候

    小雨

    コース

    0950 通行止ロープ → 1010 登山口 → 1015 鉄塔 → 1030/1100 髯山 → 1115 登山口 → 1130 駐車地

    山頂に残る火揚げ場跡


    参考図書・地図 その他のコース
    分県ガイド 三重県の山
    25000図 伊勢奥津
    50000図 二本木
    細いようですが、清水峠から道があるようです。
    バス
    伊勢中川から上小川へのバスがありますが、朝の上りと夕方の下りの1日1往復のみで、ハイキングには使えないようです。