局ヶ岳

1029m
山域:高見山地
1999.11.28


三重県の山も鈴鹿から南へ布引、高見山地と繋がり、台高の山々へと続く。まだ全体像の湧かない紀伊半島の山々を、少しでもつかもうと、前日の錫杖ヶ岳に続いて、高見山地の局ヶ岳を目指した。

どんよりとした天気の中、松阪駅からバスで堀出に向かう。櫛田川の流れを見ながら山里を走ること約1時間。大きな局ヶ岳登山口の表示のある堀出バス停に着き、早速車道を進む。田園の中を正面に局ヶ岳を見ながら進む。時折日が射すと、少し暖かく山も輝いて楽しくなる。
木地小屋の集落を抜けて進むと局ヶ岳神社があり、その先でいろいろと工事をやっていて、少し道が変わっているようだ。指導標に従って未舗装の車道を左へ行き、すぐ上の分岐でも折り返さず左へ行くと、延々と車道が続いて行く。どうやら、正面の深谷川に沿う道ではなく、左の尾根から登るコースに向かっているようだ。行きと帰りが入れ替わるだけのこと、それでも良い。車道歩きもいい加減あきたころ、大きな看板のある登山口に着いた。そして、もう少し車道を辿ると、やっと山道に入った。こちらの方は新道とのことであった。

植林地の中をジグザグにつけられた山道となり、急登という程ではないが、そこそこ傾斜のある、コンスタントに高度を稼ぐ道が続く。道中あまり展望は無く、ただただ暗い道を頑張るのみ。バス停から歩きづめなので、どこかで休憩をと考えたが、まったく変わらぬ調子で延々と登る道なので、きっかけをつかめない。1時間ほど登って周りの山が低くなってきたなと思うと、右から踏み跡が合流してきた。道標は壊れて判読できないが、右の方の道にもこちらの道と同じ種類の登山道を示すテープが付けてあるので、旧道の分岐だと解る。ここからすぐに、やっと植林地を出て雑木林の道に入る。一段と傾斜が急になり、息が切れたところで初めて一息入れた。

雑木林の中は風は強く、すぐに寒くなってきたので、休憩は早々に切り上げ山頂を目指す。随分と上に見えるが、冷たい風に吹かれつつ頑張ると、以外に早く山頂に到着した。山頂は、反射板のある部分を除いて、360度の展望があり、室生や遠く台高の山々を望むことができるが、不案内な山域で残念ながら同定ができない。しかし、時折日が射し、また山頂は風が無く、そこそこ遠望も効いて満足であった。
この山頂は驚くほど各自がつけた山名板が多い。また、北からの道(丁目で区切られる信仰の道らしい)や海軍機が山中に墜落したこと。北畠氏の時代の伝説など、いろいろと紹介されていた。展望の一部を遮る反射板には、それを補うためか、隠している展望を見られるように、テラスがつけてあった。ここは、みんなに登られ愛されている山頂のようだ。

次々と登ってくる人で満員になって来たので、下山を開始する。コースは途中から旧道にとる。単調な新道よりも、多少は趣もある道である。ただ、相対的に歩く人が少ない感じもする。植林地の中を下っていくところは新道と同じだが、少し雑木林もあり、道が落ち葉でフカフカしていたり、眼下に谷川のわき水が見えたりする。車道に降り立つと、すぐに朝通った指導標の上の分岐を通って局ヶ岳神社に降りる。あとは、木地小屋の集落を下り、時折振り返って、局ヶ岳を眺めつつバス停へと下っていった。

帰りの道すがら、村落に関するいろいろな紹介を読むことができた。木地小屋は木地師の集落で、惟喬親王がこの地に滞在した時に、業を伝えたとのこと。また、怪力の専故という者がいて、道の脇にある、足跡大の岩のくぼみは、専故が踏んだ為にできたという伝説があることなど、山里の風情と伝承を楽しんだ。忙しく車で登山口に乗り付けるのもいいが、山里をのんびり歩くのもまたいいものである。



記録

日 程

99年11月28日(日)

天 候

曇り時々晴れ

コース

0810 堀出バス停 → 0855 新登山口 → 0950 小峠 → 1015/57 局ヶ岳山頂 → 1107 小峠 → 1153 旧登山口 → 1200 局ヶ岳神社 → 1225 堀出バス停

山麓から局ヶ岳を見る


参考図書・地図 ヤマケイアルペンガイド 名古屋周辺ワンデイハイク
50000図 丹生
25000図 宮前