毎年7月ともなると日本アルプスのどこかに登って夏山始めをしていたが、今年は週半ばに急に思い立って慌ただしく北アルプスに向かった。関東では相変わらずはっきりしない天気が続いていたが、山上は本格的な夏山を告げていた。
燕岳
今回は、日本アルプスの2日で行けそうなコースから、ガイドブックの写真に惹かれて燕岳を選び、それに常念を追加して計画した。週半ばであれば当然のごとく、急行アルプスは満席だったので自家用車で中房温泉に向かいまず仮眠。次ぎに目が覚めるともう明るくなっていたのであわてて装備を整えた。
5時30分ともなるとタクシーが次々上がってきており、中房温泉前はごった返していた。夏山最初の3連休で結構な人出であり、天気も良くて、この様子なら大展望も期待できそうだ。急登で有名な合戦尾根は、前後に人が切れず数珠繋ぎになって登っていくことになるが、大人数のパーティはいないので、かえって適度なペースで順調に高度を上げていった。いろんなパーティーと抜きつ抜かれつ、30分毎に出現するベンチで休憩しながら進んでいく。7時に近くなると、ガスに覆われてしまい若干肌寒くなってきた。林がカラマツからコメツガ・タケカンバと徐々に変わっていき、賑わう合戦小屋に到着。さっそく名物のスイカを試してみる。この水分と糖分の充実した、甘く冷たいスイカにしばらくは夢中になっていたが、結構大きいためいざ合戦小屋をスタートして登りにかかると腹が随分重くなってしまったのであった。
合戦沢の頭で森林限界から出て明るい道に変わる。花の咲く道をゆったり登ると、遠かった燕岳や燕山荘も近づいてきて、テン場の脇を登り稜線に登り着いた。ここでは登りついた人々から次々と歓声が上がる。槍から北はほとんど雲が無く雲の平から後立山へと遮るもののない大展望が展開していたのだ。やはり北アルプスの魅力はこれだ。そしてこの2日間、常念に着くまで槍穂高を中心とした展望とともに歩くことができた。荷物を置いて燕岳を往復する。花崗岩の風化した白砂の道にいろんな形の岩塔の立つ道は目を楽しませてくれてなかなか楽しい。鳳凰三山とも似た雰囲気がある美しい山だ。燕岳の山頂に立って再び展望を楽しむ。立山の向こうに剱も見える。白く眩しい山は照り返しも強く目を明けていられないくらいだ。帰りもいろいろな岩塔を槍の前に配した風景を楽しみつつ燕山荘に戻った。
燕山荘にもどり昼食かたがたジョッキの生ビールで乾杯した。じりじりと焼け付く夏の太陽の下での冷えたビールは至福の境地なのである。しばらくゆっくりして、いよいよ槍を正面に見ながらの表銀座コースの縦走に入る。平坦な道とはいえ若干の起伏があり、だんだん先ほどの気分爽快のビールが、喉の乾きと頭痛を誘発するようになってきた。高山でまだ登りを控えているときに、ジョッキ一杯はいかにも多すぎたかもしれない。頭痛を伴って蛙岩の間を通過し、ゆったりした道を槍に導かれて進む。2678mの大下りの頭に辿りついて休憩し、同行者と中途でのビールは慎んだ方がいいことを確認しあったのであった。
大下りはそう長くはなく、鞍部からの登り返しは花も多くて、稜線縦走コースの中でちょっとした気分転換の様な部分である。ふたたび登り返すとコマクサの咲く平坦な縦走路になり、大天井岳が大きくなってきた。短い鎖場を下ったあと、小林喜作のレリーフから少しハシゴを登り、大天井ヒュッテ方面への道を分けて大天荘に向けて緩やかな石がゴロゴロしたトラバース道を登っていく。だんだん岩が大きくなったら、間もなくケルンが見えて今日の目的地の大天荘に到着。受付を済ませるて、所定の位置に寝転がって休憩した。
この夜の大天荘は3畳に5人だったが、寝た場所が非常に窮屈な場所で早めに脱出したいため、翌朝3時半に同行者に出発すべく声をかけた。早朝外に出ると東の空に水平に赤みがかった明かりがさして来ている。日の出までは1時間程度時間があり、小屋のベンチで少し待ってから4時ころ山頂に向けて岩屑の道を登り始めた。10分程で頂上に到着。遮るものの無い360度の展望を夜明けの光の移り変わりとともに、1時間程楽しんだ。薄くもやのかかる北の稜線は、鹿島槍から白馬へと続く後立山連峰、その奥の稜線は立山剱連峰で、剱と八ツ峰が良く見える。そしてなんといっても正面には、北鎌を従えた槍ヶ岳、そしてキレットの向こうに北穂から奥穂。正面の位置に見える吊り尾根を経て前穂。連峰は若干斜め北から見ているので間が詰まって見えるが、眺めは雄大そのものであった。登ったころは灯りが目立っていた北穂頂上や涸沢も、回りが明るくなり目だたなくなると、ついに日が昇り始め1日の中でも10数分に凝縮された、山の色が次々と変わっていく時間になる。この間カメラを手に赤く染まる槍穂をずっと眺めていた。
さて、すっかり明るくなったころで小屋までもどる。大天井岳は標高も高く、尾根の交差する要衝にあるため360度の展望が得られ素晴らしい山だと思った。ちなみにこの山は最近「だいてんじょうだけ」と読む様になっているらしい。
まだ人のまばらな稜線を出発する。ほとんど平坦な道はずっとコマクサが咲いていたが、結局シロバナコマクサは見ることができなかった。右側はずっと槍穂を見ながらの道で、ピークもすべて右側を巻いていく。東天井岳や横通岳は、これから常念に登ることを考えると、一つ一つ登るまでの気力は無く巻いていった。横通岳に向けての下りから、二ノ俣尾根までの広い草原状の斜面に黒い大きな動くものを発見。もそもそと、しかもスピードのあるその動きは熊ではないかと、あたりは賑やかになった。
さて再び緩やかに登って横通岳を巻き、正面に常念への急登を恨めしく思いつつ、眼下に常念小屋を見て一気に下って、常念小屋のベンチで弁当を開いて朝食とした。
三股でのタクシーを予約し、乾杯用のビールを仕入れて、最後の常念の登りにかかる。ゆっくり登って一気に登りきろうと思ったが、直前で挫折。前常念の分岐に荷物を置いて、空身で常念まで登った。狭い山頂は人でごった返していた。ほとんどが常念と蝶の縦走途中の人々だと思う。私たちは蝶ヶ岳は次回の宿題として今回はこれにて終了、ハイお疲れさまなのであった。さて山頂からは槍穂が見えるが、もうガスが出ていて隠しており、またこちらはずっと見てきた風景なので、北の大天井岳の眺めを楽しんで早々に下山した。
分岐まで戻ってビールを飲むと、登り降りする人が多くいかにも目立つので、前常念で乾杯とし、岩のゴロゴロした道を跳びながら下っていく。前常念は白い岩に囲まれた尾根の肩の三角点で、ここで乾杯。今日もジリジリ照りつける太陽で結構灼けてきた。前常念からのコースタイムをチェックすると、昭文社や岳人では3時間30分、ヤマケイでは1時間40分である。なんだ?この差はいったい....と思ったが、ヤマケイの「常念岳へ寄り道すれば4時間ぐらいあとにきてもらうとよい」を基準にちょっと余裕を見てタクシーを呼んだつもりが、ひょっとして全く余裕が無い。こりゃいかんと、あわてて出発した。
前常念の避難小屋からは、しばらく滑りやすいいやな感じの急下降が続く。コースタイムを気にしつつ慎重に下っていき、35分で樹林帯に入る。ここで急下降は終わり歩き易い道になる。鬱蒼とした深い森を楽しみ、2207の先から山の斜面につけられた道を下りにかかる。ジグザグの下りが延々と続き、谷の対岸の尾根を見てもまだまだ下りの先の長いことを思い知らされる。ひたすら歩くのみで、だんだんタクシーの時間が気になってくると、足も疲れてきてよく尻餅をつく様になった。傾斜が少し緩やかになり対岸の山肌も低くなってきたころ、蝶への迂回路の分岐に到着。さらに下って下降点から1時間半、久しぶりに見る小沢を渡ってやっと登山口に飛び出した。しかし、タクシーはまだ500mさきの大駐車場とのことだった。
運転手さんの話によれば、12時予約のもう1台方の人がまだ降りてこないとのこと。また、常念からこの道を下って降りてきた人は、よく捻挫していることが多く、また時間通りに下ってくる人はほとんどいないとのことだった。結構厳しい下りである。
タクシーで中房温泉まで行き、有明荘で500円で入浴。桧風呂と広い露天風呂があり、大いに満足感に浸って山行を振り返った。ちなみに、昨日泊まった大天荘とこの有明荘は両方とも穂高町営の施設である。北アルプスの入門コースと言われているコースだが、大きな山だけに歩きがいがあり、何よりも天候と展望に恵まれ満足の山行であった。
燕岳のモニュメントと槍ヶ岳