イブネ

 イブネ 1167m クラシ 1154m 杉峠の頭 1121m

山域:鈴鹿
2000.11.4



イブネは長い間あこがれの山であった。山登りを始めた頃、主稜線の向こう側にある銚子ヶ口〜イブネの稜線や、雨乞〜綿向の稜線などは、位置的にも技術的にも遙かな向こうにあるように思えた。その頃無謀にも一度挑戦したときは、まだ土地勘もあまり無いまま朝明から愛知川に降りて瀬戸峠まで達し、撤退している。それ以来、常にいつかはと想い続けて来た山についに再び挑戦する気になった。朝からすっきりと晴れ渡ったある秋の休日のことである。

夜明けとともに車を走らせると、正面に並ぶ鈴鹿の山々は雲一つ無い青空だ。はやる気持ちのまま、伊勢谷小屋の駐車場に車をとめさせて貰い、さっそく出発する。先月下った伊勢谷の峠道は、登るのはしばらくぶりだ。振り返ると青空の下で稜線の紅葉が映える。
いいペースで根ノ平峠を通過。峠のすぐ先からは、水晶岳側の紅葉が美しく、また正面には目指すイブネの山々が朝日を受けて光っていた。さてここから愛知川源流に向けての旅の始まりである。水の流れるタケ谷に沿う道を愛知川に降れば、ちょうどこのあたりの高さが紅葉の見頃らしく、一本の木が光り輝いていた。一年のうちでもこれほど映えるのは何日もないだろう。
愛知川は水量が多く、靴を脱いでの徒渉となる。11月の水は飛び上がるほど冷たいが、ゆっくり歩かないと足の裏が痛い。息を飲みながらなんとか渡りきる。対岸のいい道を少し下ると、小さな標識もあるクラシ谷の分岐。ここを入るともちろん道は細くなるが、テープもあり歩きやすく、程良い炭焼き道だ。やがて川底に降り、流れを渡り返しながら遡行していく道となる。何も問題なく、きれいな森の中の道は改めて山を歩くことの楽しさを知らせてくれるのだ。
途中小滝が落ちていたがこれは問題なく高巻いていける。しばらくすると、急に沢は90度右に曲がる。ここまで出合から20分で、一休みする。天気は若干下り坂のようで、谷の奧の空に雲がわき上がりつつあるのが気がかりである。
炭焼窯跡のある道をさらに登っていくとだんだん道も荒れてくる。このあたりは、時々滑ったり浮き石を落としたりして、多少気分的に疲れてくるところだ。傾斜もきつくなり始め、やがて右岸のテープを追ってグイグイ登っていくようになると、顕著な二俣になる。ルートは右俣で、ペンキの指示もあるが、ここから2段30mの急な滑滝が立ち上がっている。ここはちょっと躊躇する所で、一休みして気を引き締めた。
下段は10m程度で濡れた流れの右側を慎重に登っていく。傾斜は比較的緩く、岩角も豊富で登山靴で充分登れるが、滑らないように慎重に行く。2段目はもっと傾斜が立っており、どこから取り付こうかと悩む。流れの右から行こうとしたら、すぐシャワーを浴びるようになったので、右の草付きを草を掴みながら登って行く。上半分は灌木で、そこまで行けば安全だが。足元も土が妙に崩れるので気が抜けない。少し登ると木から固定ロープが下がっており、同じところに苔むしたスリングもあったので、掴んで体を持ち上げた。あとは灌木を掴んで落ち口にたどり着く。これで一安心である。
ここから先は周囲が緩やかな斜面に変わるので谷が広く明るくなった。右手上の方に空が見えるので、もう稜線に出られるのかな?と思って少し上がってみたが、これは遠く下に谷を見ながら水平に斜面を歩いていくこととなる。広葉樹の灌木のこのあたりの斜面はただただ黄色だったという記憶のみ残っている。本当はもっと茶色だったのだろうが、印象はあくまでも黄金の色だ。再び流れと同じ高さになり、二俣に出会う。ここには石組みのしっかりした炭焼窯の広場になっており、気持ちのいい場所だった。ここを左にとるとイブネ北端に出るらしい。
炭焼窯跡から直進し5mくらいの顕著な滝を越えていくと、あとは緩やかな源頭部になりどこを辿ってもいけそうである。途中から適当に流れと別れて斜面を空に向けて登った。たどり着いたのは灌木の稜線で、しっかりした踏み跡があり、少し右手に戻れば高みにクラシ山頂の標識があった。
イブネへは左に弓なりに曲がって行く。灌木を抜けると笹原になるが、本にあるような背丈ほどの笹原はいまはすっかり枯れて無く、低くまばらな感じで適当にどこでも歩けるような感じになっている。右手に曲がって行く尾根は銚子ヶ口に続き、これもいつか歩いてみたい尾根だ。小さな笹の丘を越えるとイブネ北端が正面に現れ、尾根筋は回らず適当に沢の源頭部を横切って登っていくと標識のある場所に出た。
イブネ北端からはまるっきり平坦な笹原を行く。周囲の風景はすべてが青空という訳にいかず、雨乞は雲の下で暗く、御在所や鎌はすでにガスに覆われている。南東方向からガスが攻めてきているらしい。幸いイブネから北のほうにかけてはまだ青空が広がっていた。想い描いた姿は、青空の下の緑の草原だったが、ちょっ曇が出ており、緑の大平原も枯葉が多く、くすんで精彩がない。しかし広大な山巓に遊ぶのは期待通りの満足を与えてくれるものであった。

イブネの山頂を確認し、しばらく休んだあと、佐目峠に向けて下っていく。このあたりからは杉峠からの登山者が多いためか、よく踏まれて俄然道がはっきりしてくる。この日も途中で3人とすれ違った。佐目峠からは巻き道を行くものと思っていたら、道は杉峠の頭を登っていった。このあたりはピンクのテープが過剰なまでにベタベタ付けられており、永源寺町の新しい標識も見られた。巻き道の方は通れなくなったらしく、あらたに道を設定してまだ時がたたないということのようだ。
杉峠の頭の稜線は灌木の中の静かな高みで、雰囲気のいい所である。このあたりはすでに紅葉は終わっているようだった。ここからの下りで大きく視界が開ける爽快な草原があり、正面の雨乞岳が巨大な壁のように立ちはだかっていた。
そして、賑わう杉峠からコクイ谷出合まで一気に下る。8年前に歩いた時の鉱山跡などの記憶がよみがえる。あの時は根ノ平峠に出るつもりが国見峠に出てしまったというとんでも無い失敗をしたのだが、今日は慎重に上水晶谷からタケ谷に向けて渡っていった。このあたりを歩いていると、いかにも下山するのが名残惜しく、じっくりと味わうように歩を進める。根ノ平峠のあたりで北の水晶岳の紅葉を眺めている老人と出合い、つかの間の会話かわす。20年前くらいは毎週のように山歩きに通ったものだと話してくれた。なかなか立ち去り難かった愛知川源流も、峠から三重県側に降り始めると一転して雲が厚く、これでふっきれた様な気がして一気に朝明まで下っていった。

本文中の写真

  • タケ谷出合の朝の紅葉
  • 大滝上部の二俣にある炭焼窯跡
  • イブネ北端から見るクラシ
  • コクイ谷出合

    記録

    日 程

    00年11月4日(土)

    天 候

    晴れ時々曇り

    コース

    0725 朝明(伊勢谷小屋) → 0810/20 根ノ平峠 → 0840/50 愛知川 → 0900 クラシ谷 → 0920/25 クラシ谷屈曲点 → 0950/55 二股 → 1020/30 上部の炭焼跡 → 1045 クラシ → 1100 イブネ北端 → 1110/30 イブネ → 1145 佐目峠 → 1155/1200 杉峠の頭 → 1210 杉峠 → 1305/15 コクイ谷出合 → 1400 根ノ平峠 → 1440 朝明

    イブネ山頂部の大草原


    注意:大滝横の急斜面は、沢登りや岩登りの経験が必要です。初心者のみでの遡行は危険ですのでお慎み下さい。また、クラシ〜イブネははっきりした踏み跡に乏しく、目印のない草原の起伏ですので、ガスが発生すると方向を失う可能性があります。荒天時の山行は危険です。
    参考図書・地図 その他のコース
    アルペンガイド 鈴鹿・美濃
    エアリアマップ 御在所・鎌ヶ岳
    50000図 御在所山
    25000図 御在所山
    一般的には、本文以外には、銚子ヶ口からの縦走が良く歩かれますが、バリエーションとしては、小峠からの尾根を詰める道や、オゾ谷から登る道などが比較的知られているようです。
    愛知川から西に登る山々は、バリエーションの宝庫と言って良いでしょう。
    バス
    朝明ヒュッテへはバスがありますが、行程が長い為バスを利用すると山中一泊となる可能性があります。
    時刻表は三重交通を参照ください。
    滋賀県側から杉峠に入る場合は、甲津畑から入ります。
    八日市から永源寺役場まで近江バス(0748-22-5511)
    永源寺役場よりさらに永源寺町営バス(朝の便なし)となります。