鐘ヶ嶽

 鐘ヶ嶽 561.0m
 山域:丹沢

記録
 山行日1999年10月16日(土)
 ルート広沢寺温泉入口→鐘ヶ嶽→山の神トンネル→広沢寺温泉入口
 コースタイム1255 広沢寺温泉入口 → 1305 鐘ヶ嶽バス停 → 1420/30 鐘ヶ嶽 → 1455 山の神トンネル → 1540 広沢寺温泉入口
 天候曇り

鐘ヶ嶽はそれまで3回なんとなく頭に入れて付近まで行ったが、なぜか縁無く、他に行ったり雨だったりで、登れていなかった。そして、曇りの休日、朝出遅れてしまい、今度こそと思って本厚木からバスに乗った。

広沢寺温泉入口バス停から正面の広い道を登ると、やがて上谷戸からの道が合流し、鐘ヶ嶽のバス停に着いた。今日は曇りの天気で期待していなかったが、東側は青空も出て、意外に明るく楽しくなる。また、この付近から、鐘ヶ嶽の全容が良く眺められた。
バス停から緩やかに下ると、すぐに階段と鳥居のある鐘ヶ嶽の入口に出る。しかし、工事中のためここからは登れず、右手の迂回路を行くこととなった。車道を通って、道標に従い山道に入るとすぐに正規の道に合流し、三丁目からの登りとなった。展望は無いが、樹下のゆったりした道が続き、九丁目までは、丁目石がすべて神様の石像になっており、丁目毎に違う石像が並んで楽しい。拾丁目からは、文字表記だけの石柱になる。拾三丁目にから、上杉公御内室の墓の道標があり立ち寄ってみる。このあたりの七沢城主の上杉公のことで、七沢城落城の際、自害して果てたとのこと。小さな墓だが、箒なども置いてあり、綺麗に維持されていた。
ここからやや傾斜が急になり、廿二丁目まで登ると、ちょっとした岩があり、比較的展望がある。都心方向が開けており、頭上は曇天だが町の方は日が出ているのか、結構明るい。再び山頂に向けて傾斜が立ち上がり、廿六丁目から階段が現れる。廿七丁目からは本格的な急な階段となり、300段以上で、結構汗をかく。最後の廿八丁目を過ぎると、天台宗のお寺跡の石碑や、赤い鳥居とお稲荷さんが現れ、七沢神社の境内に着いた。
七沢神社では4人ほどのハイカーが食事していた。参拝して、神社脇の山道を少し登ると、やがて三角点のある山頂に着く。山頂にある、1メートルくらいの2体の石像は素朴で、1体はもう浸食されて原型をとどめないが、これは結構気に入った。
下山は植林地の尾根を山の神トンネルの上まで緩やかに下る。山の神トンネルの上は峠状で、両側に踏み跡があるが、不動尻側は荒れていた。また、尾根を直進する踏み跡は、大山の稜線まで行けるらしい。山の神トンネルへの下りは、そこそこの急下降でちょっと岩混じりでもある。しかしそれほど長くはなく、やがてトンネル入口に降り立つ。ちょうどトンネルを単独のハイカーが歩いて来るところで、トンネルの中にシルエットが浮かんでいた。


参考図書・地図
ブルーガイド 東京付近の山(1998年第1刷)
昭文社エアリアマップ 丹沢(1999年版)
25000図 厚木
50000図 藤沢

山頂の石像
その他のコース
・北尾根を利用したバリエーションルートがあります。
交通機関
厚木バスセンターから七沢・広沢寺温泉行
「広沢寺温泉入口」または「鐘ヶ嶽」下車
詳細時刻については、以下のホームページを参照願います。
 神奈川中央交通


Nifty FYAMA 投稿文

鐘ヶ嶽 4度目の正直

土曜日は、天気予報が芳しくなく、朝早くは出そびれてしまいました。そこでここはひとつ、鐘ヶ嶽です。ダンさんもついに行かれたようですし、ゆっくり出ても間に合います。この鐘ヶ嶽は、1度目は大山三峰の帰りに寄ろうとして、さすがに疲れてやめました。2度目は本厚木駅で土砂降りで引き返し、3度目は広沢寺行きのバスが行ってしまったので、半原行きに乗ってしまい、こんどこその四度目の正直なのでした。

【日 程】99年10月16日
【目 的】午後のひと登りと、底を張替えた靴試し
【天 候】曇り
【コース】1255 広沢寺温泉入口 → 1305 鐘ヶ嶽バス停 → 1420/30 鐘ヶ嶽 →
     1455 山の神トンネル → 1540 広沢寺温泉入口
【山 名】鐘ヶ嶽 561.1m
【メンバー 】単独
【山 域】丹沢
【参考書】エアリアマップ 丹沢
     実業之日本社 東京付近の山

1.登山口まで

新しく底を張り替えた靴を履いて、9時半頃自宅を出た。どうも引越のごたごたが解消しきれていず、丹沢のエアリアマップが見あたらなかったので、東京駅の八重洲地下街の本屋で購入する。94年版を使っていたが、今度は99年版。少し道が違っているのと、細かな注意書きが多くなっている。それに中津渓谷が無くなっている。
今日はバスセンターから乗ったが、やはり一つめのバス停から乗った方が近いような気がする。ところで、最近いつのまにかバス共通カードの取り扱い範囲が広がって、山に行くのにバスカードが必携になった。西東京バスも使えるし、この前、大月の都留中央バスも使えたのは驚きだった。いつも山の時は現金だったが、自動的にバス代が1割引になってしまう恩恵は大きい。
広沢寺温泉入口から正面の広い道を登ると、やがて上谷戸からの道が合流し、鐘ヶ嶽のバス停に着いた。今日は曇りの天気で期待していなかったが、ここより東の都心側は青空も出ており、意外に明るくて気分も楽しくなる。また、この付近から、鐘ヶ嶽の全容が良く見えた。

2.鐘ヶ嶽

バス停から緩やかに下ると、すぐに階段と鳥居のある鐘ヶ嶽の入口に出る。しかし、工事中のためここからは登れず、右手の迂回路を行くこととなる。車道を通って、道標に従い山道に入るとすぐに正規の道に合流する。鳥居が一丁目迂回路を経由すると、三丁目からとなるが、この間を通れなかったのが何となく惜しい。しばらくは展望は無いが、樹下のゆったりした道が続き、九丁目までは、丁目石がすべて神様の石像になっており、○○菩薩とか、不動尊とか、丁目毎に違う石像が並んで楽しい。拾丁目からは石柱になり、文字表記になる。寄進した村など書いてあるらしいが、詳しくは読まなかった。拾三丁目にくると、上杉公御内室の墓の道標があり立ち寄ってみる。このあたりの七沢城主の上杉公のことで、七沢城落城の際、自害して果てたとのこと。小さな墓だが、箒なども置いてあり、綺麗に維持されていた。
ここからやや傾斜が急になる。途中落ちている丁目石があったが、さすがに重くて動かせない。拾五丁目と廿丁目には別に石像があった。廿二丁目はちょっとした岩があり、比較的展望がある。都心方向が開けており、頭上は曇天だが町の方は日が出ているのか、結構明るい。ここには岩に厚木市議会議長の元旦登拝記念というプレートを後援会名と併記で岩に埋め込んであったが、この場にはちょっとそぐわない。
ここまで、道中踏んできた岩は、丸く皺が入るように浸食されており、ちょっと不思議であった。再び山頂に向けて傾斜が立ち上がり、廿六丁目から階段が現れる。廿七丁目からは本格的な急な階段となり、300段以上で、結構汗をかく。最後の廿八丁目を過ぎると、天台宗のお寺跡の石碑、横には赤い鳥居とお稲荷さんと現れ、七沢神社の境内に着いた。
七沢神社では4人ほどのハイカーが食事していた。参拝して、神社脇の山道を少し登ると、やがて三角点のある山頂に着く。山頂にある、1メートルくらいの2体の石像は素朴で、1体はもう浸食されて原型をとどめないが、これは結構気に入った。山頂から北に下る道があるはずと思って探ると微かな踏み跡がある様だったが、下まで行き着くかどうかはかなり怪しい。
下山は植林地の尾根を山の神トンネルの上まで緩やかに下る。途中鹿柵が倒壊していた。山の神トンネルの上は峠状で、両側に踏み跡があるが、不動尻側は荒れていた。また、尾根を直進する踏み跡があった。大山の稜線まで行けるかどうかは定かでは無いが....
山の神トンネルの下りは、そこそこの急下降でちょっと岩混じりでもある。しかしそれほど長くはなく、やがてトンネルに降り立つ。ちょうどトンネルを単独のハイカーが歩いて来るところで、トンネルの中にシルエットが浮かんでいた。



トンネルからは、まだまだ下りが続きますが、途中の鱒料理の店は相変わらず賑わっているようでした。日向薬師の方へ行こうかと、結構分岐で悩みましたが、かなり雲が厚く、暗くなってきており、日向薬師に着くころは4時半を過ぎて、本当に暗くなりそうなので、今日のところはこのまま帰ることにしました。日向山だけのために来るのは、ちょっと苦しいもんがありますが、また大山にいく機会があった時にでも立ち寄ってみたいと思います。