【名探偵の殿堂すぺしあーる・リレーミステリ企画】


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連載第1回 「仮面たちの集う夜」 by MAQ
 
 
1
 
from:GUERNICA(guer@●●●●●)
at:monday, march 1, 15 10:16 PM
to:Player
subject:参加熱烈希望!
 
プレイヤーさん
 
どうも。ゲルニカです。「Mystery Space」では、いつも大変お世話になっています。
これまで一度だってオフを開かず、他のサイトのオフにも参加したことの無いプレイヤーさんが開く初のオフ。これは参加しないわけには行かないでしょう(笑)。プレイヤーさんは用心深いから、サイトの文章を読んでも聞いても全くといっていいほど素性が分からないし……これでようやく、その謎につつまれた正体が明らかになるわけですね! さて、鬼が出るか蛇が出るか(失礼!)。まさか毎日のように掲示板にカキコんでいるこのぼくを、落とすなんてことはないですよね。では……2週間後にお会いしましょう!(笑<けっこう本気)。
 
GUERNICA
 
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from:May(may@●●●●●)
at:monday, march 1, 15 11:48 PM
to:Player
subject:ミニオフ参加希望です

プレイヤーさま

こんにちは、はじめまして。Mayです。
いつも楽しく拝見しています。
なーんて、ジツはMayは小心者で、
「Mystery Space」もロムばっかりなんですけど、
プレイヤーさんのお話はいつも楽しく聞かせていただいてます。
で……今回のミニオフ、思いきって参加希望しちゃいます!
ちょっと個人的にいろいろあったので、気分転換したいかなあ、なんて。
身勝手な理由でごめんなさい! 私の周りにはわざわざ日本のミステリを
読む人なんて、ほとんどいないのでとても楽しみなんです。
当選するといいな! しますよね!
 
May
 

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from:reon(reo@●●●●●)
at:tuesday, march 2, 15 10:07 PM
to:Player
subject:参加希望
 
こんにちは。リオンです。参加希望です。
 
ReON
 
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from:BLITZ(blitz@●●●●●)
at:sunday, march 7, 15 9:58 PM
to:Player
subject:参加希望
 
プレイヤーさん、こんにちは。BLITZです。
開設3周年記念オフ、参加希望します。
仕事が忙しくて出遅れてしまいましたが、ようやく一段落ついたので
ちょっと遅いかなと思ったけれど、思いきって応募してみました。ミ
ステリマニアのプレイヤーさんの、しかもそのお住まいで開かれるオ
フ会なのですから、きっと何かミステリな趣向が用意されているのだ
ろうな。……なんて、勝手に期待しまくっています。上司に無理をいっ
て休暇も取りました。けっこう大変なんですよ。急に休暇を取るのっ
て、私たちの仕事では……なあんて、関係ないですね(笑)。
では、どうかよろしくお願いします!
 
BLITZ
 
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from:no(1234@●●●●●)
at:monday, march 8, 15 9:18 AM
to:Player
subject:Nothing
 
たろうのさししめすところにしたがってさんかしますからさんかしなければなりませんなぜならもうこれはきまったことなのですからこんなことをいうとあなたもわたしをいやなめでみるのでしょうかみるのでしょうでもいいのですこれはさけられないうんめいですからさからってもしかたがないのですからさからいませんからわたしのかおをかえしてくださいおねがいしますおねがいしますおねがいしますかえしてくださらないといやなことがこわいことがたいへんなことがおこってしまいますからあなたはわたしのかおをかえしてくださらなければならないのですからおねがいしますおねがいしますおねがいします……(以下省略)
 
 
2
 
連絡船を降り、ジャンプスーツのスタッフたちに最敬礼で迎えられたボクたちは、やっぱり少し緊張していた。そりゃ緊張するよね。こんなオフ会場、たぶん誰だってはじめてだよ。いやもちろん、こんな場所に来ること自体初めてなんだけどさ。……まったく、地に足がつかないとはこのことだね。
ともあれいくつもの扉を抜け、ようやくたどり着いた(なんとも贅沢なことに)小さな体育館ほどもあるそこには、1人の男が満面の笑みを浮かべてボクらを待っていた。
「ようこそみなさん。Mystery Spaceのオフ会へ、ようこそ。私はオーナーから皆様のお世話を任されたシマダと申します」
シマダの言葉を聞いて、ボクの隣にいた黒ブチ眼鏡をかけた無精髭の青年が不審そうな表情になった。ボク自身は物珍しくてあたりを見まわしてたんだけどね。
「ホストのプレイヤーさんはどちらに?」
無精ヒゲ君の言葉に、シマダと名乗る男はもう一度頭を下げる。
「申し訳ありません。オーナーは昨夜来体調をくずし、ただいま自室で休ませていただいております。パーティには必ず出席しますので、ご挨拶はそれまでお待ちいただけますか」
「プレイヤーさん、病気ですか? 大丈夫なんですか」心配そうな声を出したのは、無精ヒゲ君の隣にいた超特大のバッグを抱えた女の子。女子高生かな。派手な金髪の一房に指を巻き付け、“ワタシとぉっても心配ですぅ”というポーズらしい。
「どうぞご安心ください。念のために横になっているだけですから、パーティにはオーナーは必ず出席いたします。パーティは20時からを予定しておりますので、皆様はそれまでそれぞれのお部屋でしばらくお休み下さい……が、はて?」シマダはそこで軽く首をひねった。
「オーナーからはお客様は5人とうかがっていたのですが、皆様6名様でらっしゃいますね」
「え?」6人はいっせいに顔を見合わせる。例によって無精ヒゲ君が腹立たしげな口調でいった。
「プレイヤー氏が何人招待したのか、俺は知らないよ。第一ここにいるのはたぶん全員が初対面だしな、確認のしようがない」
シマダは軽く肩をすくめた。
「ふむ。では、こちらのちょっとした手違いでしょう。なに、部屋はたくさん用意してございますから、1人2人急なお客様が増えたところで問題ありません」
シマダが指を鳴らすと、スタッフたちがいっせいにボクたちの荷物を手に取った。と、妙に化粧の濃い女が、スタッフから慌てて大きめの手提げバッグを取り戻した。
「これはいいわ。私が持ちますから」
シマダはかすかに肩をすくめ、くだんのスタッフに目でうなずいた。スタッフは何事もなかったように進みはじめ、後を大事そうにバッグを抱え込んだ女がついていく。
なんだかヘンな空気だった。客の数が1人多い? さしずめ“6人いる!”ってところだろうか……古すぎだね。たしかにおかしな話だけど、ボクらが全員招待客であることは、連絡船に乗る前に念入りにチェックされたはずだ。ボクはホールの扉のところでそっと振り向いてみた。すかさず気づいてシマダが慇懃に頭を下げる。ちょうど彼の背後にある大きな窓から、南太平洋の美しい青色の広がりが見えた。シマダの表情は造ったような笑顔。やけに白い歯がぎらりと光るのが目に付いた。
………
語り手としての自己紹介は、いまは止めておくよ。名前もハンドルでいいよね。ボクはBLITZ。ミステリWebサイト『Mystery Space』の常連読者だ。今回のこの『Mystery Space』のオーナー・プレイヤーさんが主催する初のオフ会に幸運にも参加できた、はずだったんだけど。どうやらこの幸運には、スペシャル級のトラブルが付いていたらしいんだ。まあ、こうして“語り手”となった以上ウソはつかないつもりだけど、正直こんな役どころは初めてだからね。言葉足らずのところがあったらごめんよ。
さて、ボクらの部屋はあのホールから5つばかり扉を抜けた先に並んでいた。コンパクトだけど清潔で機能的な部屋だ。ちょっと狭いけど、個室があるだけありがたいというべきだろう。ボクはロッカーに荷物を丁寧にしまい込んだ。ううむ、なんとなく気分が悪いぞ。酔ったのかな。
……なんてことをブチブチ考えていたら、ふいにインタフォンが鳴った。あ、さっきの金髪ちゃんだ。
「あの、すいません。ともかくみんな集まろうって……2031号室です」
「あ、はい。すぐ行きます」
簡単に身支度を整えると、ボクはくだんの部屋に向かった。
 
 
3
 
2031は、ボクの部屋(ちなみに2033号室だよ)の二つとなり。造作もまったく同じで……だから人が6人も集まるとけっこう窮屈だ。せっかくだから失礼して金髪ちゃんの隣に、ボクも割り込ませてもらった。
「えっと、今回のオフってみなさん初対面なんですか?」
さっそく金髪ちゃんが口を開く。彼女の問いに答えたのは、最前の無精ヒゲ君だ。
「少なくとも俺が顔見知りのやつは、ここにはいないな。……ああ、俺は“ゲルニカ”だ」
「ああ、ゲルニカさん! はじめましてです〜。Mystery Spaceでおなじみですね」
「まあよろしくね。で、キミは?」
「あ、ごめんなさい。私は“メイ”です。でも、いつもロムばっかだから、皆さんごぞんじないですよね」
「メイね……知ってるわよ」先ほどスタッフとバッグを取り合っていた化粧の濃い女がいった。ハンドルは“フェイス”らしい。濃いめの化粧を施した顔は彫りが深く、それなりに整っているんだけど、まるで仮面みたいに無表情で年齢がよく分からない。声も妙にくぐもって聞き取りにくいんだ。
「3年くらい前だったかしら。『ミステリ地獄』とかっていうサイトで、大暴れしたあげく姿を消したコが、たしかそんなハンドルだったわよね」
「え……」メイはいきなり絶句した。見る見る顔が蒼ざめていく。
「まあ、待ってください」そういって2人の間に割って入ったのは、色黒で精悍な顔つきがちょっと凛々しいスポーツマン風のあんちゃんだ。
「“リオン”です。ちょっと失礼な言い方ですが“メイ”なんて特に珍しくもないハンドルじゃないですか。彼女が3年前のそのヒトとは限らないですよ。だいたい3年前じゃ、メイさんなんてまだロウティーンでしょ」
もっともだと思ったので、ボクも援護射撃しておくことにした。
「“ブリッツ”です。ボクもリオンさんの言う通りだと思いますよ。だいたいそういう消え方をした人なら、ハンドルくらい変えるでしょう」
「そりゃそうだ、俺もそう思うね」ボクらの言葉にゲルニカが言葉短く賛成すると、フェイスは肩をすくめてそっぽを向いた。
「まあ、たったひと晩なんですから、仲良くやろうじゃありませんか」
ボクはそういってとっておきの笑顔を浮かべ、最後の1人に目をやった。
「で、あなたは?」
こんな風にいったらちょっと失礼なんだけど……見るからに不気味な男だった。いや、じつは男かどうかも分からないんだ。ジャンプスーツはだぶだぶだし、深く被った帽子の下の眼はゴーグルで隠している。さらに念のいったことに口元もマスクですっぽり覆っているんだよ。でね、その人は手袋をはめた手で胸元から白いボードを取りだすと、左手に持ったマーカーを手早く走らせたんだ。
“ワタシハ ナナシ デス ヨロシクオネガイシマス”
………
名無し氏のパフォーマンスに、ボクも含めて、みんながちょっとだけ気圧されてしまった感じだったけど、すぐに気を取り直した様子でゲルニカが口火を切った。
「で、だ。なんだかおかしいとは思わないか?」
「おかしいって……人数が合わないって件ですか?」メイが言葉を続ける。もうすっかり元気になったようだね。
「きっとプレイヤーさんが勘違いしたんですよ。シマダさんもそうおっしゃってたし」
「自分の招待した客の人数なんて間違えるか? 百人単位の客ならともかく、たったの6人なんだぜ」
「そりゃそうですけど……」
「だいたい今回のオフ会はおかしなことが多すぎる。こんな途方も無い会場が用意されたのも不審といえば不審だし、肝心の主催者は顔を見せないときてる」
まあ、ゲルニカの言うのも一理あるよね。なんたって主催者のプレイヤー氏が途方も無い、想像を絶したお金持ちであることは確かだろう。どうせならホテルかなんかを借り切ってどどんと何百人もの客を集めた方が景気がいい。でもそれはまあプレイヤー氏自身の気分ってこともあるだろうしね。
「きっとプレイヤーさんは、小さな集まりで一人ひとりとじっくりお話したかったんですよ」
どうやらメイもぼくと同じ意見だったらしい。
「だとしたら、やはり人数を間違えた件が腑に落ちなくなってくるんだよ」とゲルニカはなおも苛立たしげに言葉を重ねる。どうもかなり神経質なようだね、この人って。場の空気がまた重くなってきたので、ボクは口を挟むことにした。
「ゲルニカさんの不審もわかりますけど、ここで議論したってしかたが無いですよ。パーティが始まってプレイヤーさんが姿をあらわせば、そのあたりの疑問もきっとはっきりするんじゃないですか?」
「……そうね。ともかくパーティまでまだ時間があるようだから、私は少し部屋で休ませてもらうわ」
そういってフェイスが立ち上がったのを潮に、会合は流れ解散みたいに終わることになった。ゲルニカはそれでもまだ納得できなかったようで、メイを捕まえて話し込んでいたみたいだけれどね。
 
 
4
 
部屋に戻ると、ボクは少し明かりを落して、窓からの景色を楽しむことにした……がさすがに疲れていたらしい。いつの間にかそのまま眠り込んでいた。目が覚めたらもう時計の針は19:30。パーティには間に合う時間なんだから、目が覚めただけよかったわけだけど、正直あまりいい目覚めではなかった。起きたのは、実はなんだか嫌な匂いがしたからなんだ。髪の毛を焼いた時のような、あの嫌な匂いがどこからか漂ってきたんだよ。……なんだかコレってやばくない? ボクは慌てて部屋を出た。
廊下に出るとさっきの嫌な匂いがまた少し強くなった。おかしいよね、空調が効いているのにこんな匂いが漂ってくるなんて……もしかして空調システムが切れてる? そんなバカな。
するとちょうどそこへ通路の左手からゲルニカがやってきた。
「なんだか匂いませんか?」
「ああ、俺も気になって出てきたんだが……そっちの奥の方から匂うみたいだな」
そういってゲルニカは通路の先を指さした。長い通路にはぼくら以外誰もいない。幾つかあった扉はなぜか全て開いたままの状態だ。ゲルニカとふたり、緩く湾曲しながら伸びている通路を進んでいくと、やがて小さなホールのような空間に行き着いた。突き当たりには大きな扉があって、どうやらここが匂いの元らしい。奇怪なことに扉が細く開き、そこから胸の悪くなるような悪臭が染み出てくるんだ。ボクらは思わず顔を見合わせた。ゲルニカの黒ブチ眼鏡の奥で細っこい目が不審な色を浮かべている。その時、ボクらの背後からくぐもった声がかかった。
「何か、あったの」
「ああ、フェイスさん。あ、メイさんもいましたか。なんだかね、変な匂いが」
振り向いてボクがそういいかけた瞬間、背後の扉が勢い良く押し開かれた。そのドアに弾き飛ばされたボクとゲルニカはフェイスとメイにぶつかり、4人はもつれ合ったまま通路に叩きつけられてしまった。
「いったいなんだってんだ」ゲルニカが悪態をつく。
振り向いて開いた入口の方を見上げたボクらの眼に、異様な光景が飛び込んできた。
開いた入口をふさぐ様にしている男……それは乱れた前髪を額にべったり張り付けたリオンだった。
リオンはいっぱいに見開いた瞳に恐怖の色を浮かべ、何事か言葉を搾り出そうとするかのようにぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている。
「リオン……さん?」
次の瞬間、リオンの背後で轟音が轟き、同時に彼の体が弾かれたように宙に舞った。ざあっと音を立てて赤い液体がボクたちに向かって飛び散る。一瞬おいてずたずたに引き裂かれたリオンの体がボクたちの方に飛んできた。通路にゲルニカの怒号とメイの悲鳴がこだまする。
「馬鹿っ隠れてろ! こいつぁ銃だ!」ボクの体をゲルニカの手が押さえ込もうとする。だけどボクは無理やり部屋の中を見たんだ。
 
 
5
 
ここで1つ約束しておこう。ボクらがその現場の部屋の前にいた間、部屋からはリオン以外誰も、あるいは何も外には出ていない。たしかにリオンへの銃撃でボクらは通路に叩きつけられてしまったけれど、入口の前を動いたわけではないんだからね。誰かが、あるいは何かがそこから出てくれば、絶対に気づく。そのことだけは誓って間違いないよ。……なんでこんなことをいうかっていうと、その部屋には誰もいなかったんだよ。生きた人間は誰もね。
しばらく扉の脇に身を潜めていたボクは、やがておそるおそる入口の方に目をやった。
「だめだ。死んでる」
リオンの首筋で脈を取っていたゲルニカがうつむいたまま首を振る。どうやらリオンは背後からもろに散弾を浴びたようで、背中一面がずたずたに引き裂かれおびただしく出血していた。ゲルニカもぼくもその血を浴びて全身血塗れの状態になってしまった。メイとフェイスはそれほどでもないが、二人とも茫然自失している様子で、通路で抱きあったまま小刻みに身体を震わせている。
「ゲルニカさん……あれを!」
ボクはゲルニカの肩を叩き、部屋の中を指差した。
ボクらの部屋とは比べ物にならないくらい広い部屋の中央、入口の正面にあたる処で1人の男が燃えている。――いや燃えていたのは、その頭部だけだったんだけどね。ともかくぼくは大慌てで通路に備え付けてあった小型の消火器を取り、そいつに浴びせかけた。勢いよく噴きだした消火液を浴び、その“燃える男”は部屋の壁に叩きつけられたけど、なんとか火は消えたようだ。だけど、そこまでされてもぴくりと動かないのだから、彼もまた疾うに死んでいたんだろう。
無意識のうちにボクの右手は自分の腰を探っていたが、むろん銃なんて携行していない。舌打を1つくれてからゲルニカを制し、ボクは部屋の中を慎重にうかがった。明るく隅々まで見通せたけど、火薬の匂いと蛋白質の焦げる嫌な匂いが混じりあって鼻を突くばかりで、人影らしきものはどこにも無い。もう一度四隅を確認してからボクは慎重にその死人に近づいた。
「だれですかね」
そいつは上等のツイードにアスコットタイを締めて……だが、残念ながら顔は確認しようが無い。何しろかれの顔面は無残に砕かれたあげく、炎でこんがりローストされていたのだ。先ほどから漂っていた不快な匂いの元は、どうやら“これ”だったらしい。ゲルニカは、あまりに凄惨な死体の様子にショックを受けたのだろう。ロースト氏の顔を見つめたまま、凍りついたようになっている。
「この人は顔を撃たれたようですね。口の中が特に酷い。めちゃくちゃだ……」
「お、おまえよく平気で触れるな」
ゲルニカが不気味なものでも見るような表情でボクをうかがう。
「平気じゃないですけどね……それよりゲルニカさん。ここはいいですから、あなたはスタッフたちに知らせてください。いうまでもなくこれは殺人事件です」
凍りついたような顔のままがくがくと頷いたゲルニカは、振り向いておぼつかない姿勢で進み始めた。
「あ、メイさんとフェイスさんをお願いします。ボクの部屋でもどこでもいいから、連れて行って休ませてあげてください」
ゲルニカを見送ると、ボクはあらためて部屋の中を見回した。おびただしい数の書棚に、コンピュータの載った猫足の書き物机。壁に取り付けられた大きなモニタ。調度としてはただそれだけのごくシンプルな部屋だ。人が隠れる場所は無い。もちろん出入り口も同じさ、扉はボクたちが入ったものだけだったんだよ。
えっと……つまりこれは密室殺人ってことだ。ロースト氏の殺害犯人はわからないけど、少なくともリオンを殺した犯人は、あの時確実に銃を持って部屋の中にいた。だってリオンは部屋の外を向いたまま入口をふさぐように立ち、そこを後ろから狙撃されたんだからね。犯人はリオンを背中から撃ち、銃をもったままこの部屋から煙のように姿を消したんだ。
でもね、消失したのはそれだけじゃなかったんだ。困ったことにね。
 
 
6
 
「いないんだよ。誰もいないんだ!」
息を切らしながら戻ってきたゲルニカは、ボクの顔を見るなり泣きそうな声でそう叫んだ。そりゃ現場を念入りに調べられたのはありがたかったけど、30分近くも待たされていい加減ウンザリしていたボクは、ちょっと邪険な言い方をしてしまった。
「べつにシマダさんでなくてもいいですよ。スタッフならだれでも」
ボクがそう答えると、ゲルニカは喚くようにしていった。
「だからシマダも他のスタッフも……ここには誰もいないんだよ。みんな消えちまったんだ!」
さすがに少々あっけに取られてしまい、ボクはしばらく彼の顔を見ていた。
「……ジョークなら後にして下さいね。ボクだって今はそんな余裕はありません」
「冗談なんかじゃないって、本当に猫の子いっぴきいないんだよ!」
「そんな馬鹿な……」
「入れるところは全部確かめた。スタッフオンリィの場所も、開くところは全部だ」
「……そうだ、パーティ会場はどうです。スタッフもそちらに集まってるんじゃないですか?」
「一番最初に見に行ったよ! ああ、準備は整っていたさ。さっきは無かった大きなテーブルが置かれ、美味そうな料理が並んでいたさ。だけどスタッフはいないんだ、だれひとりな!」
ボクはものもいわずにそこを後にした。そんな馬鹿なことがあるものか。あちらの居室こちらのラボと確かめていく。……だが。いない、誰もいない。ゲルニカの言葉どおり人っ子ひとりいないんだよ。なんだか目が回ってきた。これはいったいどういうことなんだ。
「あ、そうだ、あのひと……名無しさんは? 名無しさんはどうしたんです!」
顔を真っ赤にして息を切らしているゲルニカが、うつむいたまま首を振った。
「あいつはダメだ。部屋にはいるみたいなんだが……出てこない。カギをかけて閉じこもっているようだ」
「いったい……」一列に並んだ個室の、ぼくの部屋からいちばん遠い端が、たしか名無し氏の部屋だったはずだ。その部屋にたどり着くと、ボクは扉の脇のインタフォンのスイッチを押した。
「名無しさん! ここを開けてください! 緊急事態です」
だが、ドアはいっこうに開く様子が無い。繰り返し喚いていると、インタフォンの小さなモニタ画面が起動し、先ほど名無しが使っていた白いボードが映し出された。殴り書きの文字が並んでいる。
“キブンガワルイノデヤスンデイマス。ホッテオイテクダサイ”
「それどころじゃないんです! いいからここを開けてください!」
しまいには三角飛びの要領で無理に体当たりまでしたけれど、さすがに飛びきり頑丈に造られてるようでビクともしない。当然だけどね。ボクらはとうとう諦めるしかなかった。
その後もボクとゲルニカは手分けして人の姿を探し回り、連絡を取る手段を求めてさんざん動き回った。しかし結局、全ては徒労だったんだ。ここには、この中には誰も……ひとっ子ひとりいなかったんだよ。ボクら5人以外には誰もね。もっとも、カギがかかってボクらの入れない場所、隠れられそうな場所はいくつかあったから、絶対に無人だとはいいきれない。だけど、いったい連中に隠れる理由なんてあるんだろうか。
さんざん動き回ったあげくへとへとに疲れ果てて、その晩はボクら4人でゲルニカの部屋に雑魚寝した。メイはいくらか元気を取り戻して、みんなにコーヒーを入れてくれたりしたけど、フェイスはショックが抜けないみたいだったし、ゲルニカの様子もだいぶおかしかった。そうでなくても各自の居室で1人で寝る気には誰もなれなかったろう。まあ、無理も無いよね。ボクも疲れて、もうどうにでもなれって感じだったよ。
……
目が覚めたのは5:12だった。たしかに身体はへとへとに疲れていたけど頭は興奮していたから、そう簡単には眠れないだろうと思ったんだけどね。いきなり睡魔に襲われてそのままぐっすりさ。まあ、あれだけ動き回れば当然かな。だけど残念ながら、この奇怪な事態は全て夢でした、なんていう都合のいいオチはつかなかったよ。いや、それどころかボクらの目覚めとともに、事態はさらに困った方向へ転がっていったんだ。
 
(2003.2.12脱稿)
 
 
連載第2回「仮面の独白」
 


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