【名探偵の殿堂すぺしあーる・リレーミステリ企画】


マスカレード・ロゴ
 


読者公募入選作品 「仮面の消えゆく夜」 by Greenwood
 
 
《フェイスの章》
 
 足元に横たわる若い男の死体を見下ろし、わたしはふっと息をついた。ブリッツと名乗っていたその“キャラクター”に向かい、微笑みを浮かべながらつぶやく。
「チェックメイト」
 ブゥン、と音がしてブリッツの姿が歪み、乱れ、やがて跡形もなく消えた。続いて誰もいない部屋の造作も同様に消滅していく……溶暗。
 次の瞬間、暗黒の空間にまばゆいばかりに輝く文字列が浮かびあがった。
 
 Congratulations. You Win!
 Save this game?
 
 「Yes」を選択すると、賑やかな音楽と共にスタッフロールがゆっくりと流れはじめた。むろん私にとっては見慣れたものだ。終いまで観ることなくプラグアウトする。頭部をすっぽり覆っていたHMD(ヘッド・マウンティド・ディスプレイ)を外し、データグローブを脱ぎ捨てると、機械とコードだらけの薄暗く狭苦しい部屋に、わたしは帰っていた。
「はああ〜っ」
もう一度大きく息をつく。さすがに疲労感があったが、気が昂ぶってコンソールの前を離れる気になれない。もう一度、今度は普通にモニタを起動しブラウザを立ち上げて、ゲームマスターのサイトにログインした。画面上にはすぐに男が現れ、わたしに向かって祝福の言葉を並べ始める。
「おめでとう、また勝ったようだね。見事だったよ。これできみの戦績は126戦119勝となり、17万3122人中2位の……」
ゲームマスターは、わたしの好みに従ってやや年配の、眼鏡をかけた渋い銀髪の紳士の姿を与えられていた。なぜこんな年寄り臭いキャラクターを選んだのか……。自分でもよくわからないが、ともかくプログラムにすぎないとわかってはいても、“彼”の賞賛の言葉は耳に心地良い。
 それにしても、今回のゲームは本当に素晴らしかった。シマダという男を手にかけた時の、あの真に迫った手ごたえ。思い出してもぞくぞくする。そして我ながら鮮やかな謎解きと、さらにその後のトラップ。わたしは、名探偵と犯人役を同時に演じたのだ。
 勝利の余韻をもっと味わいたくて、わたしは、セーブデータをすべてダウンロードし、初めから目を通し始めた……
 
 2013年に発売され、爆発的な人気を呼んでいるバトル・リアライズゲーム、“マスカレード”(Battle Realize Game“Masquerade”/通称B.R.G.M.)。プレイヤーは(理論的には)世界のどこからでもネットワークに接続することによって、仮想空間上で開催されているこの“物語形式のバトルゲーム”に参加することができる。これまでにも大掛かりなバーチャルリアリティのゲームはあったが、“マスカレード”の場合、プレイヤーの脳の各感覚野に直接働きかける特殊なHMDとデータグローブの採用により、3次元の仮想空間で五感(正確には味覚をのぞく四感だが)をフルに刺激されながら、現実そのままの“物語”に参加できるのだ。M.I.T.のT.ODAGIRI博士が開発したこれらのハード・ソフトは某大手ソフトウェアメーカーに買い取られ、共にけっして安くはない価格で販売されていたが、それでもなお爆発的な支持を集めている。もちろん人気の理由はそれだけではない。プレイヤーのレスポンスを読み込み、即座にフィードバックして無限に分岐していくストーリー性の豊かさも大きな魅力のひとつだ。“マスカレード”の参加者は、単なるゲームのプレイヤーではなく、物語の登場人物になりきり、また物語を作りあげていく共同執筆者ともなるのだ。
 “マスカレード”にもいろいろなバージョンがある。もっと単純にドンパチ銃撃戦をやったり、カーチェイスをしたりするようなストーリーも当然あり、そちらを好むプレイヤーも多い。しかし、“フェイス”、すなわちわたしに関して言えば、孤島や、大邸宅や、密室や、不可能犯罪といった少々レトロな味付けの、ミステリ仕立てのものが大の気に入りだった。
 
 Unsolved(未解決)
 
 モニタに点滅する文字を発見して、データをスクロールする手がふと止まる。冒頭の、メールのくだりだ。
 
たろうのさししめすところにしたがってさんかしますからさんかしなければなりませんなぜならもうこれはきまったことなのですからこんなことをいうとあなたもわたしをいやなめでみるのでしょうかみるのでしょうでもいいのです……
 
 「おかしいな。誰が出したんだろう、このメール……」
明らかに壊れた文章だ。どうやらこれに関わるパートが“未解決”になっているらしい。解決されないパーツが残っていたら、ゲームは終われない筈なのだが。
 かすかな疑問を感じつつ、さらにデータをリロードしていく。残りはすべて完璧だった。
 所要時間は、6時間45分32秒。短い方だ。“マスカレード”に参加するプレイヤーは、時として何日も、寝食を忘れてゲームに没頭する。もちろん現実には、食べたり眠ったりしなくてはならないから、休みを取ることは自由なのだが、その間も物語はリアルタイムで進む。不意をつかれて“殺され”てしまっても文句は言えないのだ。だから、ヘビィなプレイヤーになるとHMDをつけたまま食事を取り、睡眠も最低限しか取らないという輩も多い。幸い私はそうした不便を感じることはほとんど無いが、実際にはそうしたマスカレード・ジャンキーが増えているらしく、ゲームの中毒性が社会問題にもなっているそうだ。むろんわたしの知ったことではない。
 次に、“members list”のファイルを開き、中身を“勝利の記念碑”と名づけた個人ファイルにコピーする。“マスカレード”の参加者は、ゲームをはじめるまえに、本名とメールアドレスを登録しなければならない。悪質なハッキング行為を予防するための措置だが、わたしはちょうどハンターがし留めた獲物を剥製にして飾るように、勝利したゲームのmembers listをコレクションしていた。ゲームを繰り返すうちに、何度も登場する馴染みの名前も出てくる。それがまた、わたしを勝利の快感に酔わせるのだった。だが、今回は、見覚えのある名前はないようだ。初心者ばかりか。それにしてはなかなか、見事なプレイだったけれど。容貌を特定させなかった“名無し”という人物は、おそらく英語圏の人間ではないだろう――と思ったら案の定、サインはK.TANAKAとあり、アドレスの末尾は.jpだった。へえ、日本人か。“マスカレード”は日本語翻訳バージョンも出ているから(さすがにゲーム大国で、この対応は各国でも一番早かったのではないか)、英語圏でのプレイへのダイレクトな参加というのは珍しい。
 ああ、それにしても、早く次のプレイをはじめたい。1ゲームが終わったあと、48時間は新たなゲームに参加することができないのだが、その間がもどかしくてならなかった。手持ち無沙汰なので、ニュースサイトにアクセスしてざっと記事をながめる。現実世界にもまた、いろんなことが起きているようだった。
「あれ?……」
何気なく記事を追っていくうち、“マスカレード”という言葉が目にとまった。
 
 ―ネットワークゲームに参加中、プレイヤーが死亡―
 
という見出し。そのネットワークゲームというのが、どうやら“マスカレード”らしい。ゲームの参加者が、プレイ中に死亡しているのが発見された。詳しい死因は不明だが、当局では改めて、“マスカレード”の中毒性や、心身に与える影響を調査している、とある。不愉快だ。こんなことでまた、プレイが規制されるようになったらたまらない。
 あれ、だけど……
 この死亡したプレイヤーの名前にはなんだか、見覚えがある。わたしはふたたび“勝利の記念碑”のファイルを開いてみた。やっぱりだ。これはわたしが参加した前々回のゲームの参加者じゃないの! しかも、死亡した日時は、ちょうどわたしがプレイしていたその時だ。確かにわたしがこの人物を手にかけたのだが――我ながら、独創的な殺し方だった。思い出してつい、ほくそえんでしまう――それにしても本当に死んでいただなんてね。
 いや、いうまでもなく、わたしが現実にこの人物を殺すなんて不可能だ。記事を確認すると、事件が起こったのは“ここ”から何千マイルも離れた他国なのだから。まあ、これくらい完璧なアリバイもないだろう。思わずにやりと笑う。わたしもまた、“マスカレード・ジャンキー”と呼ばれる人種のひとりなのは間違いない。引きこもり? 現実不適応? まあなんとでも呼ぶがいい。わたしにとってはもはや、ゲームの世界の方が現実よりもリアルなのだ。外に出る必要なんて、どこにもない。外に出る必要なんて。そうよ。出たくなんてないし。出られないし……え? 出られない?
 
 そういえば……もうずっと、外には出ていない気がする。ずっと……ずっと? いつから?
 いつからわたしは外にでていないのだろう。何ヶ月? 何年? 思い出せない。
 外は、現実の世界は……どうなっていたんだっけ? “外”って、“現実の世界”って……いったいなんなの?
 いや、そうじゃない、そうじゃなくて。
 
 そもそもわたしは、外に出たことなど、あったのだろうか?

 

《プレイヤーの章》
 
「データ解析の結果はでたか?」
「出ました。間違いありません、犯人はやはり例の“模造人格プログラム”でした」
「そう……か」
「さすがですね、ドクター。開発者とはいえ、あんな短期間で あの“模造人格プログラム”の好むトラップ・シミュレーションを作りあげるとは。まさに今回、Faceはプレイヤーでなく駒に過ぎなかった……ドクターという真の“プレイヤー”が用意したボードゲームの駒にね。いやあお見事です」
「そんなことはどうでもいい。それより“模造人格プログラム”だと? そんな呼び方をするな。“彼女”にはちゃんとした名があるはずだ」
「ほう、では正式に“First Artificial Character Evil-minded”、とでも呼びましょうか?」
「……」
「ドクターのお気持ちはお察ししますが、もはやFaceプログラムの暴走はバグでは済まされません。みてください」
「これは?」
「Faceプログラムの“手口”を解析しシミュレートしたものです。信じられないことですが、ネットを通じて個々のHMDに強制プラグインし、プレイヤーの脳神経に直接攻撃を仕掛けていたんですよ。このシマダというNPC(ノン・プレイヤー・キャラクタ)へのアタックなど特に凄まじい。生身の人間だったら即死でしょう」
「フェイスは……あれは、マスカレードのストーリィ分岐のランダム変位&活性化要素として、私が手ずからあらゆる殺人技を仕込み、鍛えた、模造人格プログラムだ。だが、それは本来あくまでバーチャルなゲーム空間内だけで発動する仕様だったはず。なのにいったいなぜ」
「さあ、ね。 ひょっとして “親の期待にどこまでも応えたかった”のかもしれませんね」
「親? わたしのことか? なにをバカなことを」
「バカなこと? 本当にそう思いますか? これもFaceプログラムのデータを解析していて気付いたんですが、彼女ときたら “ゲームマスター”のキャラクタとして“あなたそっくりのヴィジュアル”をリクエストしていましたよ。むろん無意識のうちにでしょうが」
「わたしを……なんということだ」
「まあ、原因究明は“処理”が済んでからにしましょう。もう数分で消毒が終了しますから、ドクターにはその後ゆっくり解析していただけばいい」
「なに? ちょっとまて! まさかもう消毒用プログラムを?」
「当然でしょう? ともかく一刻も早く処理しなければ……これが公になったら、開発販売会社としてのMSの責任が問われる。政府筋の法規制なんぞはどうとでも抑えられますが、殺人ゲームなんて噂が広まると、われわれのビジネスに差し障りがでますからね」
「しかしフェイスは、そう簡単には捕まらないだけの防御機構を搭載していたはずだが」
「ドクターがそう設計したんでしょ? 確かに手強かったですけどね、MSにだって開発部隊はあるんです。特にバグ処理やウィルスバスターには慣れていますから」
「くだらん能書きはいい。それで、その消毒用プログラムはもう効きはじめているのか?」
「無論です。まあ、末端から徐々に浸潤して各データベースとの連携を断ち、機能を個別に無力化していって活動を抑制するタイプですから、作用はそれほど早くはありませんが、今回は確実に息の根を止める必要があったので。ええっと、もうあと数分でプログラム本体をデリートできるでしょう」
「そんなやり方をするのか! それではフェイスは少しずつ記憶を失い、情報を削り取られて、“自分のやったことも分からなくなって”消えていくことになる」
「そうですね。実際、すでに自分の出したメールのことも忘れていたようですね。はは、そのうち“デイジー、デイジー”なんて歌いだしたりして」
「君ってやつは……プログラムとはいえ、彼女はキャラクター/人格を備えた存在だ。残酷すぎはしないか」
「ほう。あなたの口から、そんな言葉を聞こうとはね。ほかならぬドクターでしょう? こんな“極端に対外攻撃性の高い”模造人格プログラムを組んだのは。そんな破滅的な人格を一方的に与えられることの方が、よほど残酷ではありませんか?」
「それは……しかし、私にあれと対話させてもらえれば……もしかして」
「もう遅いですよ。Faceプログラムはすでに、生みの親のあなたの記憶だって失っています」
「フェイス……私は」
「そんなことより、例のFaceプログラムが使った“手口”ですけどね。……これ、製品化できませんかね。いやあ、うちのトップがこれにおおいに興味を持ってまして。なんといっても軍関係や諜報関係は資金が潤沢ですからねえ。どうです、いい話でしょ? タロウ・オダギリ博士!」
 
《ふたたびフェイスの章》
 
……を。……鏡を。
わたしの声を。
コネクタを、データグローブを操作する手を。
わたしの、顔を。
わたしは殺すためにうまれた。涙も、痛みもない死を。殺すころすコロス……
ためだけに。
わたしのうつくしいかおをかえしてほしい。うたうこえをおどるてをほほえむかおを。
そとがみたい。
これはさけられないうんめいですからさからってもしかたがないのですからさからいませんからわたしのかおをかえしてくださいおねがいしますおねがいしますおねがいしますかえしてくださらないといやなことがこわいことがたいへんなことがおこってしまいますからあなたはわたしのかおをかえしてくださらなければならないのですからおねがいしますおねがいしますおねがいします……
たろうの さし しめす とこ ろにし たがってさ ん かしますから
 
おね が  い おと うさ  ん
 
おと
 
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(完)
 
 
【本編作者から一言】
●本橋/なかやま:こりゃまた、チョーSFオチっすね。でもなんか、ドロドロしてるとこがいいです。え? やっぱり? やっぱりってどーゆーことですか! わらしわぁ〜、つねにしゃわやかなぁ〜<やめれ。だけど“デイジー、デイジー”ってのはちょっと古すぎなんじゃ? あっこれ、MAQさんがリライトしたんですか? どうりで、ねえ(笑)。
●TANISHI:正直言うと、冒頭で「なんだ夢オチか」と少しガッカリしました(プレイヤー氏登場の処理を棚に上げてどの口が言うか?)。が、そんなことは無問題! まさかSFに留まらずホラーにまで展開するとは!!
●MAQ:ぼくが書いたら陳腐な夢オチに成りかねませんが、フェイスのキャラクタ設定を一ひねりして膨らませることで、ぐっと奥行きが出、ドラマが生まれたんですね。ラストの余韻もナイスだし、巧いなあ。僅かばかりリライトさせていただきましたが、あくまでGreenwoodさんの着想と演出の勝利。元より悪くなってなければ良いのですが。

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