インタール物語

薬を作るってこんなにたいへんなんですね

最終更新日: 2001/06/03.

切り札発見幻の効果最後の問題現在

ベンジャーズ社の切り札

1950年代なかば、すでにイソプレナリンなどの強力な気管支拡張薬が誕生していましたが、心臓への副作用などの問題を残していました。そんななか、ベンジャーズ社というイギリスの小さな製薬会社が新しい気管支拡張薬の開発を始めました。

この当時、喘息のいい動物モデルがなく、それが新薬開発の大きな壁となっていました。せっかくできた薬の効果を判定できないのです。

しかし、ベンジャーズ社には切り札がありました。渉外部長ロジャー・アルトーニアンです。かれはモルモットに対するアレルギーで喘息患者でした。彼がみずから実験台となったのです。

苦心のすえ、発見したもの

彼らが目をつけたのは爪楊枝に使われるセリ科の植物ケーラでした。この草は大昔から呼吸器系の病気に使われた民間薬で、平滑筋を弛緩させる作用があり、新しい気管支拡張薬の出発点として有望でした。

ケーラの主成分をもとにスタッフは次々と新しい薬を生み出します。アルトーニアンはモルモットの毛皮から作ったエキスを吸い込んでは無理矢理発作を起し、新しい薬が発作を抑えるかどうかを確かめていきました。

ときに1963年、彼らはついに新しい発見をしました。ところが、意外にもこの新薬は気管支拡張薬ではなく、10分ほど前に吸入すれば、発作を予防するという画期的な薬だったのです。

幻の効果

あくまで気管支拡張薬を求めていた会社側は、なんとこの新薬に目もくれずにとうとう開発を中止してしまいました。それでも、あきらめなかったアルトーニアン達開発スタッフは、秘密のうちに研究を続けていました。

1964年ベンジャーズ社がフィソンズ社に合併されたときに、彼らの研究は再び日の目をみることになります。そして、年内に長時間作用する予防効果をもつ化合物を合成することに成功したのです。

苦心のすえの成功によろこぶスタッフ。ところが、なんと、効果を確認するためにもう一度合成をおこなったところ、今度はまったく効果が出ないのです。

最後の問題

新薬は幻だったのか?いいえ。大きな勘違いがあったのです。予防効果を示したのは1回目の合成のときに混じっていた不純物のほうだったのです。この不純物は慎重に、純粋な化合物として取り出されました。これがクロモグリク酸ナトリウム、つまりインタールです。

苦難の連続の新薬に最後の問題が残されていました。この薬は水にとけず消化吸収されないため、飲んでも肺に届かず効果が出ません。そこで、アルトーニアンの提案でこんな工夫をしました。

薬をカプセルに詰め、使うときにはこれに小さな穴をあけて、吸い込みます。この際、吸い込む勢いでプロペラを回して薬をこまかく砕き、さらに肺の隅々まで届くようにしたのです。専用の器具スピンヘラーを使えばこれは簡単にできました。大戦中プロペラ機のパイロットだった彼ならではの発想でした。

そして現在

こうして開発されたインタールは、喘息の治療薬に始めて予防という考え方を持ち込みました。喘息は気管支の慢性炎症であることがわかってきた現在、予防薬は発作止めと同様に重要視されています。

そして現在も、副作用の心配のほとんどないこの薬は、エアロゾル、吸入液と形をかえて使われつづけています。

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参考
ジョン・マン: 殺人・呪術・医薬 毒と薬の文化史:東京化学同人

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