【ベスト10作品解説】
1位●葉桜の季節に君を想うということ
2003年度のベスト1には、『本ミス』、『このミス』の2大タイトル(?)を制した話題作がここでも順当にランクイン。コード型本格からパズラー、そしてジャンルの枠を超えた実験作まで、徐々に作品の幅を広げつつある歌野さんですが、どの作品をとってもそこには卓抜な本格ミステリセンスが息づいています。とくに1世1代の大技をフィーチャーしたこの作品では、そのサプライズを支えている巧緻を極めた伏線とミスリードテクニックにこそ注目したいところです。
●ayaメモ
しつこいようだが、私にとってこの作品は本格ではないし、エンタテイメントとしても失敗作と考える。しかしこの結果については、ある程度予想していたから今さら驚きはない。あえて本格として評するならば、現代の本格ミステリにおける“拡散”傾向と、読者におけるサプライズ重視の指向を決定づけた作品、として記憶されるべきだろう。優れた本格ミステリセンスを持ったこの作者には、別の作品でもう一度ベスト1を狙ってほしいわね。
●投票者さんのコメント
贔屓にしていた作家がここまでブレイクすると泣けてくるぜ……/歴史に残る名作だと想う/上手い小説です。メインの仕掛けには脱帽/次作ではGooBoo両氏をうならせる本格ものを是非(笑)/本格かどうかと聞かれれば、ぎりぎり本格だと思います/途中で予想が付いてしまいましました。しかし、あれだけ綱渡り伏線を張っていれば驚けなくても関係ないです/それまでの世界観を一瞬で反転させる。これぞ本格ミステリのカタルシス/これも本格だと思います/「本格ミステリオタク」ですらない、それ以前とも言うべき稚気に満ちた本格に対するスタンスが非常に稀有であると思いました/今昨年一番のサプライズをありがとう/結果がどうであれ、この驚愕が本格推理であるかどうかの検証をする必要があるでしょう。
2位●神のロジック 人間のマジック
昨年、『聯愁殺』で第3位を獲得した西澤さんは、今回この作品で1つ順位を上げてランクインしました。トリック、ロジック、サプライズの全てが高いレベルで連携され、実現された03年最強の異世界本格ミステリにして、島田荘司さんが提唱する21世紀本格の実践作というべき1冊。あくまで本格ミステリとして両足をきっちり地に着けながら、しかも軽々と飛翔して壮大な世界の崩壊と反転を描く――作者の魔術的テクニックの冴えをとくとご賞味ください。
●ayaメモ
トリックとロジック、幻想。そして、そこから生まれるサプライズの、見事なアンサンブルが生み出した異形の美――。それは現代本格ミステリが生みだした1つの理想形を思わせる。むろん手掛かりとミスリードのダブルミーニング・テクニックなど、小技の冴えもまた見逃せない。このジャンルでは人気実力ともにトップクラスの作者が腕に拠りをかけた、堂々の本格ミステリだ。
●投票者さんのコメント
ミステリ史に残るラストシーン/崩壊のカタルシスに眩暈/世界を創り、その世界を壊すと同時に衝撃の結末を与える。文句なしです/世界のひっくり返る驚愕を一番エレガントに見せてくれた。京極の某作品に似ているように見えるが、世界全てがトリックを支えている点でこちらが徹底している/登場人物のディスカッション部がもうちょい説得力あれば良かったんですけどねえ。設定上無理なんですけど/トリックが、作中で必然性をもって位置付けられているという点で、某作品の上を行っていると考えます/ロジックとサプライズがここまで綺麗に融合したミステリほかに見あたらなかったです。いちばんの大ネタそれ自体は前例もありますが、それが明かされるまでに語られるロジックがすべて大ネタの懐で行われていることに、二度驚かされました。
3位●月の扉
KappaONE出身の石持さんは、きりりと引き締まった、まことに形のいいハードパズラーで早くもベスト3入りを決めました。ハイジャック機の機内における殺人と謎解きという新人らしい大胆な着想は、しかしけっして奇を衒ったものではなく、緻密な計算に基づくもの。その特異なシチュエーションがサスペンスを盛り上げるとともに、パズラーの舞台としても機能を発揮して、作者お得意の緻密にして切れ味のいい謎解きロジックを見事に引き立てています。
●ayaメモ
書ける人とは思ったが、まさかこれほどとは思わなんだ。パズラーとしての完成度の高さもさることながら、この系統の本格作品にありがちな物語としての単調さを見事に払拭しているのが1番の手柄。謎解きロジックそれ自体の面白みやキャラ立てにはまだ若干の難があるが、一切無駄の無い見事にシェイプされた知的エンタテイメントとして、万人にお勧めしたい現代本格ミステリのお手本だね。
●投票者さんのコメント
今後の活躍の期待を込めて/論理オブザイヤー/今年の本格ミステリはこれしかないですね。論理パズルとサスペンスの完全なる融合。これが1位でなくて、他に何を選べというのだ/提示した石嶺のルールにきっちりのっとって予想を裏切る結末に持ち込んだところが見事/これだけの薄さできっちり本格しているところに作者のセンスを感じます/全編を包む緊迫感、緻密な論理展開、破格な結末。そのどこをとっても一級品/ハイジャックというシチュエイションの特異性がロジックまでを支配している作りがすばらしいです。
4位●ネジ式ザゼツキー
昨年2位にランクインした『魔神の遊戯』に続き、今年もまた御手洗もの新作長編がランクイン。奇怪なイメージに塗りこめられた童話。そしてそこに潜められた圧倒的なまでの奇想と巨大な謎の数々。それらは魔術師御手洗の杖の一振りでたちまち整然と整列し、さらにスケールの大きな驚愕のストーリィを紡ぎだします。まさに読者は御手洗の謎解きとともに、居ながらにして世界を回り、歴史を俯瞰する……島田節全開の21世紀本格の快作です。
●ayaメモ
小説としてはごちごち不格好で、要素を盛り込みすぎて散漫で――しかし、その奇想天を動かす着想と奔流のような語りのマジックが、あらゆる雑音を鎧袖一触。謎解きロジックという名の物語は、またしても天高く飛翔する。紛れもなく
新時代の本格ミステリの1つの方向を指し示す道しるべがこの作品。新たな本格ミステリの可能性を示す孤高のスタンダードを、ゆめゆめ読み逃すべからず!
●投票者さんのコメント
島田流21世紀本格開幕。巻末エッセイも必読/童話が彼の手に掛かって、現実に収束する様子は非常にエキサイティングでした/序盤の空を飛ぶ発想の飛躍から、終盤の豪快な着地。御手洗自身が動いていないのに息がつけない。解決場面はちょっとくさかったが、読了して満腹感を味わえた/まさしく島田荘司にしか書けない21世紀本格/長いけど読ませてくれる。曖昧さを切り開く感覚が好き/実作と理論をここまで顕わにしておきながら、事実上独創状態なのは有る意味悲しむべきことでしょう/「幻想」に当たる部分の手記を見るとミステリーが幻想文学たり得るんだなあと思い、ひさびさに読んでいてわくわくしました。島田荘司健在だあ!
それにしても御手洗潔のキャラクターはいったいどうなってしまったのでしょうか。
5位●七度狐
落語界を舞台にした日常の謎派短編連作『三人目の幽霊』でデビューした作者が、シリーズ初の長編作品で5位にランクイン。豪雨で孤立しクローズドサークルと化した村、連続見立て殺人、因縁と恩讐にまみれた人間関係と、横溝正史作品を思わせる古典的本格コードを多用し、それでいてスマートかつコンパクトな顔つきはまぎれもなく現代の本格ミステリ。さらりと読ませる端正な仕上がりは意外なほどの口当たりの良さです。
●ayaメモ
現代における古典的コード型本格のお手本のような作品だね。手際良くまとめられ洗練されて、実際どこといって破綻もないのだけれど……全てがどこか少しずつ食い足りなく、物足りないのも否定できない。バリバリのコード型らしからぬ淡泊さが先にたつ読後感は、どうやらこの方式(コード型本格)を洗練させていくやり方の、限界なんてものをも示してしまったようでもあったりする。コードを輝かせるのは、ある種の“歪み”なんだね、きっと。
●投票者さんのコメント
古き良き本格探偵小説の形式美と、芸に固執する人たちの執念がうまくブレンドされている/端正にまとまった佳作。古典的な意匠をうまく活かして古さを感じさせないのが見事です。といって新しさがあるわけでもないのだが/大倉作品を読むと、探偵とは凡人を超越した存在(すなわち英雄)であるということを強く感じる。本作では、本格ミステリ好きにはたまらない道具立てをこれでもかと盛り込んで、タイトに切れ良くまとめた手腕を買います/執拗なまでの芸の世界を描きながら、本格ミステリとして見事な作品に仕立て上げた作者の技術に関心しました。設定先行かと思いきや、見立てやセミクローズドサークルものであるところもまた。
6位●OZの迷宮
一作ごとに炸裂する強烈に不可解な謎と奇想に満ちたトリック。まさに柄刀タッチ全開の連作短編集が、このたびは6位に入賞しました。個々の短編のクオリティの高さもさることながら、続けて読むと名探偵に関わるあるきわめて大胆な/実験的な趣向が浮かび上がってくるという仕掛けで、全体に本格としての高い密度を感じさせてくれます。ベーシックでありながらしかも前衛的。まさに力作の名に相応しい、贅沢な印象の1冊です。
●ayaメモ
アマチュア時代の作品から最新の書下ろしまで、作者の歩みを俯瞰できる作品集。まあ相変わらず小説は下手なんだけど、並べて読むとやはり格段に巧くなっていることが分かるよね。むろん、惜しげもなくぶち込まれた膨大なトリックの饗宴は、ただそれだけで本格読みを幸せにしてくれる。“例の趣向”については、作者のロマンチストぶりがあらわになった感じで、ちょっと微笑ましい。
●投票者さんのコメント
全体の仕掛け云々を抜きにしても十分楽しめる上質の短編集/小説としては上手いとはとても思えず面白いともいい難いのですが、柄刀さんが基本的に好きなので一票入れます/発想の豊かさ(というか奇抜さ)では現役作家No1ではないか/「名探偵は宿命である」。本当によく考えられている作品集だと思う/こういう仕掛けは好き/地味に頑張ってる印象の柄刀さん。これはラストのネタはどうかと思うものの中盤のサプライズ演出が良いです。
7位●くらのかみ
ファンタシィ、ホラーの書き手として確固たる地位を確立した小野さんが、久方ぶりに取り組んだストレートな本格ミステリ。『講談社ミステリーランド』というジュブナイル・ブランドからの刊行なのですが、キリキリ音がしてきそうなくらい緻密な謎解きロジックは、とても子ども向けとは思えないマニアックさ。まさにマニアさんにこそお勧めしたい、本年屈指のハードパズラーです。
●ayaメモ
昨今稀なゴリゴリのパズラーであり、丁寧に引かれた伏線と謎解きロジックの構図は極め付けの精密さ。一読の価値アリ!
な作品なのは確かなんだけど、いかんせんその謎解きロジックはここ一番のジャンプ力に乏しく、面白みにも欠けている。丁寧に組み立てられた精密時計の域を出ていないんだよな〜。まあ、作者本来のミステリマニアぶりが発揮された作品、というべきなんだろうが、なにもジュブナイルでそんな無体な真似をしなくても(笑)。
●投票者さんのコメント
期待通りの面白さでした/謎−伏線−解決の流れが最もエレガントでした/論理的にきれいな本格でしょう。「ざしきわらし」の扱いはもうひとつ突っ込んでもよかったかと思いますが/ひとつだけ許された異世界のルールを使った綺麗な本格だと思います(あまりにも綺麗でわざとらしささえ感じるくらい)。しかし、ホントに子供がこの叢書を読んでいるのかねー。
8位●スイス時計の謎
ゴリゴリのパズラーをもう1作。近年(本来有るべき)パズラー指向を強めつつある火村ものの短編集ですが、投票では本全体というより表題作に対する支持が多かったようです。実際、その表題作では精緻を究めた謎解きロジックが、それ故に逆説めいた異形の結論に到達する――せざるをえない、という。“理屈”というものがもつ“ある種の恐ろしさ”を描いて間然とするところがありません。
●ayaメモ
謎解きロジックが読みどころという点では小野作品と同じだが、そのロジック自体の切れ味、そしてそれを面白く読ませるという点で、やはりこちらに一日の長がある。もっともこちらは短編だからこそ、余計なものを一切削ぎ落とすことも可能なわけだが。ともあれ表題作は、まさにこれがパズラーだといいたくなるようなピュアな作品。
●投票者さんのコメント
本格推理というものはこうでなくちゃ。本格だけが持つことができる面白さ/あそこまでパズルを極めるとマニア受けしかしないと思ってたけど案外人気あったねぇ/火村もだんだん気にならなくなってきました/こちらは表題作一点買い/謎解き以外読みどころなしという潔さ。パズラーとはこういうものだと思う/表題作の切れ味は短編オールタイムベストに考慮されていい/ロジカルな謎解きの快感を味あわせてくれた表題作に。
9位●「アリス・ミラー城」殺人事件
近年、脱本格色が強まりつつあったメフィスト賞作家の中で、ほとんど唯一、愚直なまでに本格――ことに古典的な物理トリックへこだわり続けてきた北山さんが、ついにこの新作でランクインしました。孤島、名探偵、見立て、チェスと、コードを多用しているのは従来通り。ですが、この作品ではそれらが単なる飾り付けの意匠でなく、本格ミステリの“不可欠な一部”としてみごとに昇華/消化されている点にご注目ください。
●ayaメモ
稚拙なツギハギだらけの大風呂敷を広げることに腐心していた作者が、ついに“化けた”、ともっぱらの噂の注目作。たしかにその意気や良し!
ではあるものの、わが手で“世界”を創りだすには、まだまだ幻想の強度は不足しているし、大風呂敷にも稚拙なツギハギが目立つ。“その道”を行くなら、まだまだ先が長そうだけれど――“なんかやってくれそう”な匂いだけはしてきたね。
●投票者さんのコメント
幻想とトリックの嵐。動機もラストも衝撃的/モチーフ、キャラクタ、舞台、異形の物語、すべては本格ミステリのためだけに/ようやくこの作者も自分の味が出せるようになったと思いました/稚気あふれる“古典的な”新本格。
9位●赫い月照
デビュー作『未明の悪夢』以来、文字通り“壊れた世界”を本格ミステリ形式で描き続けてきた作者の総決算的超大作の登場です。濃密な幻想と狂気の翼を広げ、破綻をものともせず本格の極北へ突き進むその異様なまでの迫力は、これがかの三大奇書の系譜に連なる異形の本格であることの証明でしょう。2003年度本格ミステリ界最大の問題作は、じつはこの作品であったのかもしれません。
●ayaメモ
壊れた世界を描いた壊れた本格ミステリ――不格好で、破綻していて、グロテスクで。小説としても本格としてもどうにも許せないし、嫌いだし。正直いって見たくもないのだけれど、そのくせ目を逸らすことはできそうもない。ともかくその圧倒的な迫力の前では、凡百の脱格など押し並べて幼児の寝言に等しい。何はさておいても“いま”読んでおくべき本格の1冊だ。
●投票者さんのコメント
暗く濃い小説だったが、しっかりした本格でもある/決定的に破綻している作品だが、この圧倒的な迫力は無視できない/若手が書く「壊れた世界」とはモノが違います/緻密に考えると穴はたくさんありそう。事件の構図も早い段階で読めた。それでも読ませる迫力は、今年一番ではないか/圧倒的な異形本格ぢからを堪能。新人だけが「狂った本格」を描いているわけではない事例でしょう。
次点●十字架クロスワードの殺人
惜しくもランクインこそなりませんでしたが、柄刀さんの作品からもう1作。こちらもまた、凝りに凝った斬新な構成と盛りだくさんのトリックがマニア心をくすぐりまくる、龍之介シリーズの長編です。龍之介シリーズは短編連作が中心で柄刀作品としてはジュブナイル風味が強いのですが、これはその口当たりの良さとマニアックな柄刀タッチがほどよく溶け合った(比較的)読みやすい作品。柄刀入門にちょうどよいかもしれません。
●ayaメモ
相変わらず下手で、スキも多いんだが、考え抜かれた構成上の仕掛けには素直に感心した。短編であれ長編であれ、本格ミステリ書きとしてつねに一切手抜きの無い誠実なお仕事ぶりは、けだし本格ミステリ界の良心というべきよね。これでもう少し巧かったら……なぁんて繰り言はもう云うまい。とまあ、いつもそう思うんだけどねぇ。
●投票者さんのコメント
二元中継という構成と、犯人の逆説的な考えがツボにはまりました/2重3重の事件の構図が鮮やか/相変わらず下手だし読みにくいが、考え抜かれた特異な構成は見事としかいいようがない/ミステリとしてのアイデアが盛りだくさんで、すごく贅沢な作品/しばしば肩に力が入りすぎちゃうっぽいノンシリーズより、このシリーズくらい緩い方が楽しめます。 |