新春スペシャル

【2000年度】
GooBoo本格ミステリベストセレクション


 
 
【巻頭言】
 
吹けば飛ぶよなヘッポコサイトが、はた迷惑な思い込みと向こう見ずなイキオイだけで始めた、この“GooBoo本格ミステリベストセレクション”。おかげさまで、いよいよ第3回を迎えました。これもひとえに読者の皆様のご協力・ご声援・ご愛読あればこそ。その声にお応えするためにも、さらにトコトン徹底して“本格ミステリに偏向しまくっちゃうんだもんねッ”と、誓いを新たにした次第。 むろん企画の趣旨は寸毫も変わりません。すなわち本格ミステリファンの皆様が愛して止まぬ本格ミステリの優秀作品を選出すること、それのみ! あんなモノやこんなモノまでホイホイ包含しちまう巷のミステリベストに、不満タラタラなあなたにこそ贈る、偏向の極みのごとき本格ミステリベストです。 
以上、趣旨ご理解のうえ、じっくりたっぷりお楽しみいただければ幸いです。そしてもちろん、身勝手きわまりないMAQのお願いに快くお応えくださった投票者の皆様に、あらためて心より感謝を。
 
作者敬白
 
対象作品/1999年12月〜2000年11月期に日本国内で出版された“狭義の本格ミステリ”
投票方式/各投票者が国内・海外の優秀作にそれぞれに持ち点10点を配分&投票
総回答数/32名様
 
過去GooBooで紹介済みの作品は各タイトルから該当頁へ飛べます

第1部 国内編
 
 順位   作品名            著者       出版社      票数
1   木製の王子        麻耶雄嵩   講談社   32.5
2   ロシア幽霊軍艦事件    島田荘司   原書房   24
     安達ヶ原の鬼密室     歌野晶午   講談社   24
4   依存           西澤保彦   幻冬舎   21
5   嘘をもうひとつだけ    東野圭吾   講談社   15
     ウェディング・ドレス   黒田研二   講談社   15
     アリア系銀河鉄道     柄刀 一   講談社   15
8   ifの迷宮         柄刀 一   光文社   14.5
9   ペルソナ探偵       黒田研二   講談社   13
10   密室は眠れないパズル   氷川 透   原書房   12
次      M.G.H 楽園の鏡像     三雲岳斗   徳間書店    9
 
【ランク外作品】
惜しくもランクインできなかった12位以下の作品たち。(得票順)
 
●「絢爛たる殺人」●「壺中の天国」●「根津愛(代理)探偵事務所」●「顔のない男」●奇術探偵 曽我佳城全集」「アンソロジー・Yの悲劇」「ヴィーナスの命題」「怪人対名探偵」「少年たちの密室」「真っ暗な夜明け」「脳男」「魔剣天翔」「死者の微笑」「密室殺人大百科(上下)」「UNKNOWN」「山手の幽霊」「金閣寺に密室」「幽霊刑事」「殺竜事件」●「遺品」●「美濃牛」「ラグナロク洞」「海底密室」●「倒錯の帰結」
 
【ベスト10作品解説】

●木製の王子
激戦を勝ち抜いたのは、長編が出ること自体が“事件”という麻耶さんの第6作でした。京都山中に建てられた、奇矯としかいいようのないカタチと間取りをもった屋敷。独自の神話に基づいた過剰な秩序にすべてを支配された一族。生首。分単位で検証されるアリバイ崩しのタイムテーブル。……本格ミステリの定番タームは、魔術師めいた作者の手の中で突然変異を起こし、目眩く異様な世界観と美意識に彩られた“異形の世界”へ。一分の隙もなく組み上げられていきます。まさに21世紀型本格の到来を告げる、これが本格ミステリの極北だ!
 
ayaメモ
例によってヒトスジナワではいかない麻耶さんの新作。気楽〜に楽しむつもりで手に取ると、手厳しく拒絶される可能性もある。ある程度“構えて”読む必要があるけれど、たとえ楽しめなかったからといって悲観する必要はない。それはあなたが“ごくマトモな感性を持った読者”であることの証拠、なのかも知れないのだから。
 
投票者さんのコメント
面白いのか面白くないのか、これはアリなのかナシなのか。判断に迷ってしまう所が、いかにも麻耶作品らしくて面白い/今回もまた究極の構成美を堪能/本が出ただけでも嬉しかったので一点上乗せ(笑)アリバイトリックの処理の仕方がひねくれていて面白かったです/相変わらずの変態ぶりは好き
 
●ロシア幽霊軍艦事件
島田荘司・個人雑誌『季刊 島田荘司02』収録の書き下ろし長編。毀誉褒貶渦巻く個人誌へ掲載された作品ということもあってか、既存のベスト選出からはほぼ完全にシカトされていますが、さすがにファンは見逃しません。芦ノ湖に出現した巨大な軍艦! どこから・どのようにして・なんのためにそれは出現したのか。世界史を書き換える壮大な謎に挑む名探偵・御手洗潔!……島田さんが島田さんらしい作品を書けば、それはおのずと最強の本格ミステリになる。そのことを軽々と証明した一作です。
 
ayaメモ
その気になればいつだって書けるということか。だったらファン相手のお遊びなんぞとっとと止めて、こういうのをガンガン書いてほしい。そう考えているのは私だけじゃないはずよ!
 
投票者さんのコメント
なんだかんだいいながら作品はやっぱりすごい。近年のベストだと思う/カムバック!/詩美性に富んだ冒頭の謎(芦ノ湖に巨大な軍艦が出現!)、合理的かつオドロキに満ちた解決。やっぱし島荘!/来年出る(ハズの)中編集のときに投票、できたらいいな/やっぱりこの人にどこまでも付いていきたい、と思いました
 
●安達ヶ原の鬼密室
『暗黒館』の連載開始といった朗報はあるものの、やはりいささか沈滞気味の新本格派第一期生。しかし嘆く必要はありません。島田学派直系のトリックメーカー・歌野さんが新作を出してくれました。舞台も登場人物も文体すらも異なる独立した4つのパズラー短編。しかし、ある“きわめて本格ミステリ的な”としかいいようのない一点において、それらは緊密に結ばれ、結果、1冊の本として前例のない仕掛が生まれました。内容だけでなく本そのものが本格ミステリ……まさに歌野さんでなければ書けない、意欲的な実験作です。
 
ayaメモ
むろん、その実験が成功しているとばかりはいえない。いえないがしかし……この仕掛に驚くか、呆れるか。いずれにせよ、本格好きなら愛さずにはいられないはずだよ。
 
投票者さんのコメント
こんなことを思いつく作家が他にいるだろうか。たとえ思いついても実行できるのは歌野だけだ/愛すべき失敗作。こういうのは保護すべし/新しい本格ミステリーの夜明けを感じさせるあの吃驚構造が印象的でした。僕はこの手の仕掛けに本当に弱いようです。偏愛ですね/『長い家の殺人』以来の大トリックと、あの実験的な構成に
 
●依存
本格ミステリ系ランキングの常連・西澤さんは、非SF系のタック・シリーズの長編でランクイン。前作と同じく主役グループの1人であるタックの、過去を巡る葛藤と謎解きをメインストーリィに、様々な“日常の謎”的小謎を配置。謎〜謎解きの仕掛は控えめですが、総体としてタイトルにあるテーマ性を前面に押しだし、タックシリーズの節目となる重量感を持った作品に仕上がっています。
 
ayaメモ
テーマの軽重、物語としての厚みはともかくとして、本格ミステリとして読んだ場合、やはりどうしても食い足りなさは残る。このシリーズで、作者が意匠としての本格を捨てる日も近い?
 
投票者さんのコメント
中盤の何重にも繰り広げられる推理合戦と、それらの1つ1つがラストに絡んでくる伏線の巧みさに唸りました/紛れもない本格ですが、最大のカタルシスは本格とは別の部分にあった/今年読んだ国内ミステリでは一番インパクトがあった(昨年の『白夜行』なみ)のですが、ますますこのシリーズ全体が醸し出すテーマ性みたいなものが見えてきて、『本格』とは微妙に距離をとりつつあるような印象ですね
 
●嘘をもうひとつだけ
今年は短編集の刊行が中心だった東野さんですが、より本格色・トリック色が強い“湯川もの”ではなく、倒叙ミステリの“加賀刑事もの”が支持されました。パズラーでこそないものの、名刀のごとき切れ味をもったまさに“これぞミステリ短編”という珠玉の短編集です。クールでおそろしく頭の切れる名探偵・加賀刑事の魅力も見逃せません。
 
ayaメモ
こいうのをプロの仕事という。一分の隙もなく計算し尽くされたプロット・伏線・ストーリィテリングにキャラクタ。その鮮やかな手際には、どんなヒネクれた読み手も、舌を巻かずにはおれないね。
 
投票者さんのコメント
ちょっと地味な短編集かもしれませんが、個々の作品の切れ味は昨年の『法月綸太郎の新冒険』にも決して劣らない/羊の皮を脱いだ容赦無いコロンボ、ですね/あのテーマを抑えた筆致で淡々と描いていくところが凄い。なんとなく匂わせながらも、最後までアレだと明かさない手法が、たまらなくスリリング。凄いことをしているのを、なるべく表に出ないようにしているかのような抑制の美がたまらない
 
●ウェディング・ドレス
メフィスト賞から新人が一人、ランクイン。処女長編なんですが、盛りだくさんのトリックと仕掛がぎっしり詰め込まれた、実に楽しい作品です。新人らしからぬこなれた語り口でほいほい読み進んでいると、ラストで背負い投げを喰らうかも。まさに“正しい新本格派新人”の処女作ですね。2000年度屈指の大バカ・トリックにも注目です。
 
ayaメモ
まあアラはたくさんあるんだけれど、まずまず無難に切り抜けた印象。トリックは例の大バカは別として小技の組み合わせが得意とみた。新人にも関わらず安心して読める安定感が売りか。
 
投票者さんのコメント
お馬鹿なトリック、大好きです/読み始めて数分で●●の大ネタには気が付いてしまったんですが、あの変な形の建物の物理トリックには爆笑、もとい感動。大技小技と言うよりも中技の組み合わせによる本格ミステリとしてかなり楽しめました/新人さんなので、ちょっと甘めの採点です。ところどころ「あれ?」という箇所はあったものの、謎のスケールと話の展開の緊張感がほどよく、気に入りました。今後も読みたいと思わせてくれる作家さんです
 
●アリア系銀河鉄道
柄刀さんは、数ある長編を制してこの特異な短編集が支持されました。夢とも幻ともつかないファンタジックな世界を舞台に、卑小な日常を軽々と超えた壮大なスケールで展開されるな謎と謎解きの数々は、それでいてどこまでもロジカルあ〜んどファンタスティック。密度の高さと柔軟さを合せ持つ、この新感覚パズラーは、次代の本格ミステリの1つの方向性を示しているのかも。
 
ayaメモ
短編1つずつに気鋭の批評家が評論を付したゴージャスな一冊。短い枚数に惜しみなくトリック&ロジックを注ぎ込むサービス精神は評価されていい。ま、相変らずヘタではあるのだが。
 
投票者さんのコメント
ファンタジーミステリなるジャンルを確立されましたか? ひとつひとつの物語の器の大きさ、謎解き、そして物語のよさのバランスが絶妙でした。しかも本格でしょ? お見事/この人は短編の方がボロが出ないような気がして/どこまでもぶっ飛んでいくような突き抜けた発想は、本当にスゴイと思う
 
●ifの迷宮
柄刀さんでもう一作。こちらは長編です。死者の蘇りというきわめつけの“不可能”を中心に、次々と炸裂する巨大な謎を力任せにねじふせるトンデモなトリック&ロジックの饗宴は、この人ならでは。歴史とか、最先端の科学とか、ともかく“大きなもの”が大好きな作者が、先端科学知識を大胆に作中に取り込んでトリック・メーカーの地位を確立させた一作です。
 
ayaメモ
連発する大ワザも、見せ方解き方がこうもヘボだと浮かばれない。勿体無い! 島田さんに書かせろ! 思わずそう口走ってしまうこともしばしばだ。いつまでもアイディアだけで勝負できるわけじゃないんだから、小説技術の向上を!
 
投票者さんのコメント
もう少し見せ方が上手ければ島田荘司になれるのでは……/先端知識とオカルトな謎が凄い違和感なんだけど、最終的に無理矢理結びつけちゃうからすごい/「アリア系」もよかったけど、目指す方向はこっちという意味で/見るからに、力技。剛腕でねじ伏せるような謎と謎解きが強烈でした
 
●ペルソナ探偵
なんと黒田さんは『ウェディング・ドレス』に続く第2作もランクイン。1作目とは逆にWebフレンドネタの連作スタイルという、いかにもWeb出身らしい仕掛の作品です。1篇1篇パズラーとしての仕掛が丁寧に施され、ラストでは無論お約束のアレも。ネタとボリューム、そして書きっぷりのバランスが取れていて、新人らしからぬコンパクト&キレイな仕上がりは、まさに万人向けの本格というべき一冊です。
 
ayaメモ
こじんまりまとまって読みやすくはあるが、どこにも突出した部分が見あたらないのは、新人としていささか寂しくはないか。ちんまりキレイにまとまるにはいささか早すぎるぞ!
 
投票者さんのコメント
今年最も本格ミステリとしてまとまっていたのはこれかな、と。次回作は是非、小さくまとまっていない、破天荒な大傑作を期待/ネットの偽名性を使うという意味では至極ありきたり。少しでも物語を考えた事のある方なら、誰でも思いつく設定ともいえます。ですが、その料理の仕方がうまかった。ラストも私は意外でした。(厳しいことを言えば、作中作のかき分けはちょっと疑問でしたけど(^^;)
 
●密室は眠れないパズル
新人からもう1人。メフィスト賞受賞作の『真っ暗な夜明け』でなく、本来の処女作であるこの第二作が票を集めたのは個人的にも嬉しいかぎりです。深夜のオフィスビルで発生した奇妙な“密室内の密室殺人”。厳密に限定された舞台と限られた登場人物、そしてその不可能を解き明す、緻密にして華麗な謎解きロジック。クイーンの、有栖川有栖の遺鉢(?)を継ぐ、新世代正統派パズラーの登場です。
 
ayaメモ
そのロジックは美しいというよりも強引で、およスマートとはいえないが、まあ方向性そのものに希少価値があるとはいえる。この方向でどこまで突き詰められるか、次作あたりがポイントだね。
 
投票者さんのコメント
めっちゃ地味やけど、今年の新人賞/初期クイーン流パズラーを真正面から継承しようとする姿勢に好感がもてます。ただし、将来性という部分はどうか。次作に期待/無理無理だけど、いいんじゃないでしょうか/いまや有栖川さんより期待したい新・クイーン派


G「今回は前回以上の大激戦でしたが、なんと黒田・柄刀の両氏が2作ずつランクイン。まあ、徹底して票が割れたって感じなんで、ホンの数票の差で明暗が分かれたって感じはありますが」
B「傑出した1作というのがなかったから、逆に話題作に平等にチャンスが与えられたという感じかね。1位は、どうなんだろうねえ。もう“この人の新作が出ちゃったら仕方がない”みたいな?」
G「そんなことはないでしょう。傑作だと思いますよ。なかなか万人に安心してお勧めできる作品とは、いいにくいですが」
B「ふん。まあ、2000年はなんちゅうか“仕込み”の年って感じだったのよね。既成作家は振り返り・足下を確かめ、新人もそれぞれ出るべき人はでて陣容を堅め……いよいよ今年2001年、本格ミステリ界の次なるステップが踏み出されるって感じかな。むろんこれも希望的観測だけどね」
G「個人的には今年は一期生に長編を出してほしいな。まあ、毎年いってることですが……」
B「そういえば、賞品付きベスト5当ての方は、どういう結果になったの?」
G「はい、あれはやっぱり難しかったようですね。全問正解者は無かったので、1・2・5位を当てて下さった方を優勝と云うことに」
B「それでも3つ当てれば大したものよね!」
G「ええ、来年は少し方式を変えて、たとえば順位無しで5作選ぶとか、そんな風にしようと思ってます」
B「なるほど。しかし、来年は賞品どうするつもり?」
G「んなこと、まだわかりませんよう! じゃ、そろそろayaさんのベストを聞きたいですね」
B「例年にもまして選びにくいんだけどね。ま、こんなところか。あ、順位はなしだ」
 
ayaの国内ベスト
別    木製の王子        麻耶雄嵩      講談社
       ロシア幽霊軍艦事件    島田荘司      原書房
     密室は眠れないパズル   氷川 透      原書房
     絢爛たる殺人       芦辺 拓・編    光文社
     和時計の館の殺人     芦辺 拓      光文社
     倒錯の帰結        折原 一      講談社
 
G「やっぱ『木製』は別格ですか……あ、『和時計』! めっちゃけなしてたじゃないですか〜」
B「いや、まあね。読み返すとけっこう正しい本格であるような気がしてさ。芦辺さんはなんか一冊入れておきたかったんでね」
G「まーったく調子いいんだよなあ。じゃ、ぼくの方です」
 
MAQの国内ベスト
1   アリア系銀河鉄道     柄刀 一     講談社
2   ロシア幽霊軍艦事件    島田荘司     原書房
3   安達ヶ原の鬼密室     歌野晶午     講談社
4   ifの迷宮         柄刀 一     光文社
5   M.G.H 楽園の鏡像     三雲岳斗     徳間書店
6     密室は眠れないパズル   氷川 透     原書房
7     死者の微笑        尾崎諒馬     角川書店
8     ウェディング・ドレス   黒田研二     講談社
9     兇笑面          北森 鴻     新潮社
10       ヴィーナスの命題     真木武志     角川書店
 
 
B「順当って感じの上位はともかく、下位の方になんか妙な作品をザラザラだしてない? まあ、『凶笑面』はいいとして、尾崎さん、真木さんあたりは……」
G「その2つはあからさまに個人的な趣味ですね。まさに本格ミステリに淫したって感じの尾崎作品。その遊び心は、いまやほとんど怪作の域に達していますね。真木作品は……これは本格ミステリとしてはもちろん、青春小説としてもけっこう思い入れがあるんで」
B「どちらもおよそ一般ウケする作品とは思えないけどね。ご贔屓のイチ押しSFミステリ『MGH』は、ベストの方ではほとんど票が入らなかったようだね」
G「なんだかミステリ系の読者にはほとんど読まれてないような感じですね。もったいないなあ」
B「あの作家は『海底密室』の方が、入りやすいんじゃないかね」
G「いや、作者の本領はやっぱよりSFSFした『MGH』の方だと思うんです。この作家は早く次の作品が読みたいですね」
B「真木さんは次作はどういうものを書くのか、とんと見当がつかないな。あのノリでもう一本というわけにもいくまいし」
G「ん〜、心情的にあの話はあれで終りって気がします。個人的にももっと別のものが読んでみたいし」
B「まー、“次”があるかどうかが問題って気もするが……」
 


 
第2部 海外編
 
順位   作品名            著者                 出版社            票数
1   細工は流々       エリザベス・フェラーズ    東京創元社   18.5
2   殺人交叉点       フレッド・カサック      東京創元社   17
3   死体のない事件     レオ・ブルース        新樹社     16.5
4   連鎖反応        フレッド・カサック      東京創元社   15
5   さまよえる未亡人たち  エリザベス・フェラーズ    東京創元社   14
6   九人と死で十人だ    カーター・ディクスン     国書刊行会   11
7   他言は無用       リチャード・ハル       東京創元社    9.5
8   自殺じゃない!     シリル・ヘアー        国書刊行会    8
     タラント氏の事件簿   C・デイリー・キング      新樹社      8
10     死んだふり       ダン・ゴードン        新潮社      5.5
次  冷えきった週末     ヒラリー・ウォー         東京創元社    3
 
【ランク外作品】
惜しくもランクインできなかった12位以下の作品たち。(得票順)
 
「結末のない事件」「白鳥の歌」「国会議事堂の死体」●「ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件」●「サム・ホーソーンの事件簿I」「ベウラの頂」「永久の別れのために」「死を招く航海」「猫の手」
 
【ベスト10作品解説】

●細工は流々
本格ベストの常連ともいうべきフェラーズが今回ランキングに送り込んできたのは、トビー&ジョージ・シリーズ第2作にあたる長編です。田舎屋敷に集う、エキセントリックな登場人物たちによるのどかな殺人劇……まるでコージーなんですが、そこはフェラーズ。洗練されたミスリード テクニックで、またしても軽々と読者の意表をついてきます。『猿』ほどのインパクトはないものの、フェラーズならではの巧緻をきわめたプロットワークを楽しむには最適の一作です。
 
ayaメモ
微妙なニュアンスの違いや繊細な伏線など、この作品の良さはディティールにある。大ネタやけれんばっかし期待すると、裏切られるぞ。
 
投票者さんのコメント
『さまよえる未亡人たち』より間違いなく出来が良いと思います。これも去年12月という刊行時期が不利になっただけの作品で、その完成度の高さは前2作に勝るとも劣らないと感じました/前作・前々作ほどのインパクトはないんだけど、やっぱり洗練されてる/仕掛けを生かしきってない感じはする。しかし、やっぱり巧い/すっごくセンスがいいという感じがしますね
 
●殺人交叉点
新訳の刊行を期に読み返された方が多かったのでしょう。サプライズエンディングのきわめつけ、とされる古典的名作が登場です。実はぼく自身は“誤訳あり”と名高い旧訳を、それもたしか小学生の頃に読んだきりですが、あの時のオドロキは今も鮮明に覚えています。まさにラストのどんでん返し一発!……ただそれだけのために、全編が奉仕している驚くべき古典的名作。結末部分の袋とじという手法も、ぼくはこの本で始めて知りました。
 
ayaメモ
サプライズエンディングの名作とはいえ、おそらくは本格ズレした現代の読者なら、見破ることはさほど難しくない。するとやはりこれは子供のうちに読んでおくべき作品なのか?
 
投票者さんのコメント
サプライズエンディング一本勝負の作品。ネタはみえみえでわかっちゃったんですが、遊び心を評価/ネタバレされてたんですが面白く読めました/ネームバリューがあるのはそれなりに理由があるんだな、と/ラストの一発勝負に賭けた、ある種の潔さが好きです
 
●死体のない事件
本格ベストの新たな常連、再評価が進む“幻の本格派”レオ・ブルースは、このビーフもので3位入賞を決めました。殺人を犯した犯人はわかっているのに、カンジンカナメの被害者がわからない・死体も見つからない! この皮肉に満ちた逆転の構図といい、全編にあふれる本格ミステリへのパロディ精神といい、いかにもマニア好みの本格ミステリ。国産新本格がお好きな方にも気に入っていただけるのではないでしょうか。
 
ayaメモ
ハッタリのきいたプロットのわりにはロジック面が弱い作家だけれど、こいつはある種大ネタ一発勝負の作品だから、あまりそのあたりの弱点が気にならない。構えずに気楽に読んでみるといいと思うよ。
 
投票者さんのコメント
本格としてのひねくれ方がとてもモダンで、昔の作品とは思えません/タウンゼンド最高/本格の本格たる部分でコケてました/これでもう少しツメがしっかりしてたら大傑作!
 
●連鎖反応
2位の『殺人交叉点』とカップリングされた中編ですが、名高い表題作以上にこちらを支持する投票者さんがたくさんいらっしゃいました。ツイストの効いた小味なサスペンス、というのがちょうど当てはまる、そんな感じの作品です。『殺人交叉点』の、ある種のあざとさが気に入らない方は、ぜひこちらをお試し下さい。
 
ayaメモ
ひねくれたお話なんだけど、これくらいのひねくれ方の方が読みやすいかも知れないな。巧さ、というものを感じさせてくれる中編だね。
 
投票者さんのコメント
ツイストの効いた軽快な中編ミステリ。本格……ではないが/人を食ったつくりが大変気に入りました。ミステリとしてどうのこうの、という次元を超えて、ツボに入ってしまったのです/ひねくれ方が楽しくて表題作より面白く感じました
 
●さまよえる未亡人たち
2冊出せば2冊ともランクインしてしまうというフェラーズですが、こちらはノン・シリーズ長編です。バカンス旅行中の4人の未亡人の1人が突如毒死を遂げてしまいます。自殺か他殺か、他殺なら狙われたのは本当に彼女か。二転三転するロジックの逆転が読み所。シンプルですがまことにスマートで、洗練というものを感じさせてくれる本格ミステリです。
 
ayaメモ
トビー&ジョージほどのハッタリもなく、描写にしろ、仕掛にしろ、あまりにもさり気なくあっさりしすぎて、物足りない感じはある。『細工』に比べるとキャラメイクがいまひとつでのめり込めないんだよ。
 
投票者さんのコメント
非常に洗練されてる印象で、作者のテクニシャンぶりが際立っている気がします/きれいですよね?/派手さはないんだけど、こういう小味で切れ味のいい本格は好き
 
●九人と死で十人だ
カーの新訳ラッシュもそろそろ先が見えてきましたね。この作品はカーター・ディクスン名義で発表されたヘンリー・メリヴェル卿ものの1編。いわゆる一つの客船ものであります。とはいえ第二次大戦中の貨客船の旅という、客船ものとしてはかなりユニークな設定で、のんびり・ゆったり・ゴージャスが売り物の通常の船旅モノとはかなり趣が違います。むろん、殺人現場に“存在しないはずの10人目”の血染めの指紋が残されているなど、不可能興味もたっぷり。いつものドタバタはやや抑え気味ながら、シンプルながら手強い不可能状況をケレンたっぷりの巧みな演出で解いていきます。H.Mの意表をついた登場もお楽しみの一つ。
 
ayaメモ
かつて『九人と死人で十人だ』というタイトルで邦訳されたことがあり、そっちの方が断然ゴロが良く印象的なので、この新訳の“原典の意に忠実な”邦訳は、どうもあんまり人気がない。1アイディアのトリックメインだが、やはり演出の巧さが際立ってるね。
 
投票者さんのコメント
カーの未訳も残り少ないと思うと……つい/カーは好きじゃないんです、実は。でも、読んでつい「面白い」と思ってしまったもので……/やっぱ「九人と死人で十人だ」だよなぁ……/カー作品としては中の下くらいの出来ですが、好きだからしょうがない
 
●他言は無用
2000年11月24日初版の新刊ですから、まさに締切ギリギリの刊行ですが、滑り込みでランクイン。作者のリチャード・ハルは、倒叙ミステリの古典的名作『伯母殺人事件』の作者として有名な方ですね。お話の舞台は、瑛国産の古典本格を読んでいるとしばしば登場するクラブ(酒場とホテルとレストラン各種遊戯場を1つにしたような、紳士が集う会員制クラブ)。そのクラブの支配人が老紳士の変死の事実を隠そうとしたあげく、何者かから脅迫を受けて右往左往するという筋立てです。脅迫者の正体を巡る謎解き興味を中心に、クラブに集う紳士たちやクラブそのものへの皮肉な視線が全編に横溢し、むろんプロットの方も半端でないひねくれ方。ハルならではの技巧と意地の悪いユーモアがたっぷり楽しめます。
 
ayaメモ
紳士というやつの陰湿な悪意を渋いユーモアに包んで描いた、いかにも英国的なミステリ。本格としての興趣はほとんどないが、最後の最後まで気が抜けないのは確か。解説氏の“一筋縄でいかない”という言が実にぴったり来る。
 
投票者さんのコメント
この期に及んでハルの新訳が読めるとは思わなかった。しかも文庫/意地の悪い作品ですが、そのなんとも毒のある面白さが捨てがたい/解説どおり「ひとすじ縄ではいかない」作品でした。嫌な事件なのですけれど、主人公(?)のマヌケぶりが滑稽で、なんともいえない味わいです
 
●自殺じゃない!
こちらも英国古典本格派の新訳。ヘアーといえば重厚な法廷もの『法の悲劇』が有名ですが、この長篇第3作は1アイディアのミスディレクション一発で勝負した大胆不敵な本格ミステリ。シンプルなプロットに秘められたどんでん返しは実際かなりの破壊力で、なまじストーリィや設定がシンプルなだけに騙されたこちらの悔しさもひとしおです。そういう意味ではトリッキーな作品なのですが、真犯人の動機の設定やプロットもよく考え抜かれて人工性や不自然さがなく、その意味でもまことに“新しい”作品です。
 
ayaメモ
これぞまさしく成熟した“大人の”本格。“新本格は好きだけど古典はどうも……”という人にこそぜひ読んでほしい作品だね。
 
投票者さんのコメント
ミスディレクションの見本のようなテクが見られます/やはり驚きますね。このどんでん返しには/創元推理文庫あたりで出ていたら、たぶんファラーズの『猿来たりなば』ぐらいは、騒がれたんじゃないかと思われるほどの見事なミスディレクションが仕掛けられたモダン・ディテクティブの秀作
 
●タラント氏の事件簿
『鉄路のオベリスト』『空のオベリスト』といったオベリスト・シリーズの本格長篇で知られるデイリー・キングの短編集。タラント氏というシリーズ探偵を主人公とする不可能犯罪者の連作なんですが、強烈無比な不可能犯罪の数々はカー以上に強烈。してまたその謎解きも、それ以上に豪快無比なトンデモぶりで。およそきれいとも論理的ともいえないものの、ここまでやられたら好きにならずにはいられません。しまいには、遥かオカルトの世界にまでぶっ飛んでいってしまうという本格としてのタガの外れっぷりも、もはやたまらなく魅力的です。
 
ayaメモ
描かれる“謎ー謎解きの構図”は、常に・けっして読者の予想範囲には収まりきらない。解こうと思うな、思えばバカを見る。ただ呆気にとられて感嘆するのみ!
 
投票者さんのコメント
不可能犯罪モノの短編集ではこれが一番です/トンデモなオチを受け止める確かな包容力/かなりアクロバティックな謎解きで、サプライズはかなりのもの
 
●死んだふり
申し訳ありません。これは未読。積ん読ですらない、まったくノーマークの作品でした。投票してくださった方に大感謝。だってぼくにも楽しみが一つ増えたのですから。
 
ayaメモ
同上。世界は広く・読むべき本は多い。未だ道遠し、みたいな。
 
投票者さんのコメント
本格としてはどうかという気もしますが、登場人物の少ない作品という不利な部分もありながら、サスペンスにどんでん返しを折り込んだ佳作であると思います/あまり話題にならなかったようなので


Goo「さらに進んだ古典復刊&発掘ブームの影響でしょうか、今年は昨年以上に充実したランキングになりました」
Boo「そうね。なんせ海外ものの本格で取りこぼしをするとは思わなかった。まあ、それでも投票数は国産に比べると圧倒的に少ないんだろ?」
Goo「ええ、多分半分以下だと思います」
Boo「もったいないわよね。今年は特にバラエティ豊かな顔触れだし、クオリティも非常に高い。翻訳も、最近はそれほど無茶なものは少ないし、もっともっと読んで欲しいわよねえ」
Goo「古典発掘は、カーを中心とするビッグネームがほぼ堀尽くされて、ネームバリューのあまりない層に進んでいるので、その意味では海外古典に馴染みの薄い方にとっては、さらに敷居が高くなってしまっているのかも知れません」
Boo「ふむ。むしろ、カーの一連の新訳より最近紹介されているものの方が、新本格読者にも受け入れられやすい作品が多い気がするんだけどね」
Goo「英国の新本格派を中心とする作家ですね。たしかにネームバリューはないんですが、このあたりは新本格読者だけでなく、日本の新本格は幼稚で読むに堪えない、という方にもお勧めですね」
Boo「たしかにそうだね。まあ、国書や原書房、新樹社の頑張りには多いに敬意を表したいところだけど、そうした観点からすると、創元や早川が文庫で出してくれれば、ずいぶん状況は変わったかもしれないね」
Goo「てなところで、ayaさんの海外ベストいきましょう」
Boo「ふむ」
 
ayaの海外ベスト
国会議事堂の死体  スタンリー・ハイランド      国書刊行会
結末のない事件   レオ・ブルース          新樹社
タラント氏の事件簿 C・デイリー・キング       新樹社
白鳥の歌      エドマンド・クリスピン      国書刊行会
夜の記憶      トマス・H・クック        文藝春秋
ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件 ボルヘス&カサーレス 岩波書店
 
Goo「『イシドロ』って、本格ですかねえ?」
Boo「違うだろーけどね、ま、好みつーことで」
Goo「ブルースは『結末』の方ですか。なんかヒネくれてる」
Boo「古典本格への、というより本格そのものに対する皮肉な視線がとことんきわまった作品つう感じで面白い……まあ、一般的とはいわないけどね。で?キミの方は」
Goo「ぼくの方は正統派ですよ」
 
MAQの海外ベスト
1  自殺じゃない!   シリル・ヘアー      国書刊行会
2  死体のない事件   レオ・ブルース      新樹社
3  猫の手       ロジャー・スカーレット  新樹社 
4  国会議事堂の死体  スタンリー・ハイランド  国書刊行会
5  永久の別れのために エドマンド・クリスピン  原書房
6  タラント氏の事件簿 C・デイリー・キング   新樹社
5  細工は流々     エリザベス・フェラーズ  東京創元社
8  サム・ホーソーンの事件簿I エドワード・D・ホック 東京創元社
9  死を招く航海    パトリック・クェンティン 新樹社
10  ベウラの頂     レジナルド・ヒル     早川書房
  
Boo「クリスピンは、なんで『永久』なのさ」
Goo「『白鳥』のトリックはわかりにくいし……『永久』はプロットがシンプルで分かりやすい。それにサスペンスもなかなかでしたから」
Boo「分かりにくいといえば『国会議事堂』もかなり手強いだろう。ま、私も1位に上げたけどね」
Goo「前段の詳細緻密な歴史ミステリ風味もぼくはけっこう好きなんです。あそこさえクリアしちゃえば、後半のトンデモなドンデン返しの連発は息もつかせぬ展開ですからね。いうほど読みにくくはないと思いますよ」
Boo「現代作家はヒルとホックだけか。デクスターは?」
Goo「ん〜。クオリティ的にはやはりねえ……敬意を表していれても仕方がないでしょ? モースファンはほっといたって読むでしょうし。だったらヒルの『ベウラ』を読んで欲しいかな」
Boo「なるほどね。しかしあれって本格としてはねえ……」
Goo「ま、ともかく。いよいよ21世紀というわけで……といっても、まあだからどうなるというものでもないんですが、新しい時代の息吹を感じられる作品に出会えることをおおいに期待したいですね」
Boo「ということで、今年もよろしく!」
 
【2000年度 本格ミステリベスト 了】


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