新春スペシャル

1999年度 GooBoo本格ミステリベストセレクション


 
 
【巻頭言】
 
さー、今年もやって参りました、GooBoo本格ミステリベスト。その趣旨は昨年同様、心あるミステリファン諸氏のご助力を得て、「本格」に「とことん偏」ったミステリベストを選出すること。それのみ。ただもうひたすら本格が好きで好きで。巷のミステリベストにはてんで納得がいかない。そういう同好の士にこそ贈る、偏向の極みのごときミステリベストです。したがってここには、権威もなければ影響力もありません。あるのはただただ本格への愛のみ! ……てなわけで、趣旨ご理解の上、どうぞたっぷりじっくりお楽しみください。そしてもちろん、身勝手きわまりないMAQのお願いに、快くお応えくださった皆様に心より感謝を!
 
作者敬白
 
対象作品/98年12月〜99年11月期に日本国内で出版された狭義の「本格ミステリ」
投票方式/各投票者が国内・海外の優秀作にそれぞれに持ち点10点を配分&投票
総回答数/28名様
 
過去GooBooで紹介済みの作品は各タイトルから該当頁へ飛べます

第1部 国内編
 
 順位   作品名            著者       出版社      票数
1   法月綸太郎の新冒険   法月綸太郎   講談社    49
2   ハサミ男        殊能将之    講談社    36
3   そして二人だけになった 森 博嗣      新潮社    18
4    夢幻巡礼         西澤保彦    講談社    16
5   どんどん橋落ちた    綾辻行人    講談社    12
6   放浪探偵と七つの殺人  歌野晶午    講談社    11
7   涙流れるままに     島田荘司    光文社    10
     象と耳鳴り       恩田陸     祥伝社    10
     ドッペルゲンガー宮   霧舎 巧      講談社    10
10   念力密室!       西澤保彦    講談社      9
次      サタンの僧院      柄刀 一      原書房      8
 
【ランク外作品】
惜しくもランクインできなかった12位以下の作品たち。いかん! ぼくも未読が5冊ほど……。(順不同)
 
●「徳利長屋の怪」はやみねかおる/講談社青い鳥文庫 ●「MISSING」本多孝好/双葉社 ●「ペルシャ猫の謎」 有栖川有栖/講談社 ●鬼貫警部全事件(1〜3)鮎川哲也/出版芸術社 ●「QED 六歌仙の暗号」高田崇史/講談社 ●「夜想曲」依井貴裕/角川書店 ●「プリズム」貫井徳郎/実業之日本社 ●「沙羅は和子の名を呼ぶ」加納朋子/集英社 ●「盤上の敵」北村薫/講談社 ●「白夜行」東野圭吾/集英社 ●「バトル・ロワイアル」高見広春/太田出版 ●「Pの密室」島田荘司/講談社 ●「最後のディナー」島田荘司/原書房 ●「塔の断章」乾くるみ/講談社 ●「桜闇」篠田真由美/講談社 ●「悪霊館の殺人」篠田秀幸/角川春樹事務所 ●「巷説百物語」京極夏彦/角川書店 ●「幻獣遁走曲」倉知淳/東京創元社 ●「銀扇座事件(上・下)」太田忠司/徳間書店 ●「青の炎」貴志祐介/角川書店 ●「柔らかな頬」桐野夏生/講談社
 
【ベスト10作品解説】

●法月綸太郎の新冒険
久しぶりの法月さんの新刊……なあんてことはこの際どうでもいい。アリバイ、密室、交換殺人といったスタンダードなテーマをひねりにひねり、技巧の限りを尽くして結晶化させた傑作ぞろいの5篇(プラス冒頭の1篇はボーナストラック)。作者はいずれも「手抜き」なし! 「いいわけ」なし! 「逃げ」もなし! で、真正面から「本格ミステリというもの」に取り組んでいます。まさに現代本格ミステリの1つの到達点を示す、スタンダードかつ高密度な本格ミステリ短編集というべきで、ぶっちぎりのベスト1は当然の結果といえるでしょう。お友達に「本格ミステリとは何か?」と問われたら、迷わずこの一冊を勧めましょう。
 
ayaメモ
作者が「ただひたすら悩んでばかりのヒト」などではないことを証明した作品集。ことに「身投げ女のブルース」の壮絶きわまりないどんでん返しには、脱帽ね!
 
投票者さんのコメント
ばりばりのロジック作品でないと味わえないこの快感/本当の本格っていうのはこういうものなんだろうなあ、と。とにかく論理的なんだよ/「狭義の本格」となると、実際これが一番「正しい」ような気がして。
 
●ハサミ男
「ハサミ男」と呼ばれるシリアルキラーが偶然「偽」ハサミ男の犯行に遭遇し、みずからその偽物を探そうとする……要するにシリアルキラーが名探偵! 一見ひねったサイコサスペンスと見せて、その設置の突飛さとは裏腹に実は細部まで丁寧に考え抜かれた端正なパズラー長篇です。第13回メフィスト賞受賞作、すなわち新人さんの作品なのですが、巧みな伏線の張り方といい、ツイストの鮮やかさといい、完成度の高さはただ事ではありません。いまもっとも新作が期待される作家の1人といえるでしょう。
 
ayaメモ
なるほど新人としては呆れるほど巧い。が、そつなくまとめた優等生の答案という観が無きにしも……。次作では設定に負けない破天荒な作品を期待したいな。
 
投票者さんのコメント
まだまだミステリの未来は明るい!と感じさせてくれた1冊/「今最も第二作が待たれている新人」ではないでしょうか/完成度は高いですね。そつなく、無理もなく、綺麗に纏まっていました。
 
●そして二人だけになった
森博嗣さんはこのノンシリーズ長篇でランクイン。巨大な吊り橋の土台部をなすコンクリート塊・「アンカレイジ」内部に秘かに設けられた核シェルターで、実験のために生活を共にすることになった6人の男女の間で連続殺人が発生。外部との連絡は絶たれ脱出の術をも失った彼らを殺人者は容赦なく屠り続け、ついには「タイトル通りの状態」になってしまう……そんな状態でフーダニットが成立するのか?……するんですね、これが。豪快きわまりないトリックは、一読の価値あり。喰わず嫌いしちゃうには勿体なさ過ぎですよ。
 
ayaメモ
豪快というか、強引というか。ともあれつねに「確信犯」でありつづける作者の、人を喰った大ボラ。好きにはなれなくても、とりあえず驚くことはできるはずよ。
 
投票者さんのコメント
講談社ノベルスのVシリーズがいまいち乗れないところにこれ。破壊力抜群の森ペースに飲み込まれっぱなし。/好きじゃないんだけど、やっぱりこの凄さには感服するしかない。
 
●夢幻巡礼
チョーモンイン・シリーズの番外編。シリーズのメインキャラクタであるところの3人組のうち神麻さんと保科さんはほとんど登場せず、雰囲気ももろ暗め。なんせ前半は「シリアルキラー一代」っつうか、語り手であるシリアルキラーの半生記なんですよね。で、後半は、長じて刑事になった彼が遭遇した「チョーモンイン的事件」のお話で、ここからは「超能力の存在」を前提とした緻密なパズラーとなります。ことにラストで披露される、綱渡りめいた謎解きロジックは精緻を極め、現代屈指のパズラー作者としての手腕が遺憾なく発揮されていますね。
 
ayaメモ
周到な仕掛けをしたわりには、パズラーとしての核となるアイディアはいささか練り込みが甘いわね。シリーズファンには見逃せない作品ではあるのだけれど。
 
投票者さんのコメント
「チョーモンイン」シリーズでありながら、ダークな展開。救いのないラスト。でも、本格テイストはバッチリでした。/ちょっと長すぎる気もしますが、西澤さんフリークの意も込めてこの作品に一番多くの票を入れたいと思います。
 
●どんどん橋落ちた
3年半ぶりの綾辻さんの新刊はパズラー5篇を収めた短編集です。パズラーであることに固執しながらも、パズラーとしての、ひいては本格ミステリとしての可能性を‥‥フェア・アンフェアの境界線をどこに引くかという点まで含めて‥‥極限まで追求。その実験精神の旺盛さには、やはり感服せずにはおれません。特に表題作及び「ぼうぼう森、燃えた」の2編は必読です。本格ミステリ書きとしての苦悩が、かなりあからさまに噴き出している感じがあって、1位の法月さんと共に「悩める新本格一期生」ぶりが如実にうかがえますね。
 
ayaメモ
これはまさに本格書きとしての苦悩に満ちたメタミステリ集ね。これらの作品を通じて、作者は本格に関するある種の自己確認みたいなものをしている気がするわ。
 
投票者さんのコメント
本格ミステリの極北に限りなく近付いた発想が素晴らしいのはもちろん、ストーリー性をここまで削ぎ落としてなお単なるパズルではなく面白い小説に仕上がっているのもお見事。/あえて「袋小路」に徹した、掟破りのフーダニット連作。
 
●放浪探偵と七つの殺人
これまた同じく「一期生」歌野さんによるパズラー短編集。こちらは内容はもちろん全ての解決篇を袋綴じにして巻末に付すという念の入れようで、全編「いかにも」なパズラーぶりを演出していますね。ことに収録の「有罪としての不在」は雑誌で問題篇を発表と同時に読者の解答を募集する、というイベントまで仕掛けられ話題を呼びました。内容的にはいわゆりごりごりのパズラーというより、バラエティにとんだ謎解き作品集という感じで、「謎解きするぞぉ!」なんて肩に力を入れずに、素直に楽しむ方が正解かもしれません。
 
ayaメモ
無理にパズラーにしない方が面白かったような作品もあるけど……ちなみに私見だけど、一期生が期を一にパズラー短編集を刊行したのはたぶん偶然じゃないわよ。
 
投票者さんのコメント
あまり面白味はないのですが、読者への挑戦も解答の袋とじもパズラーとしての意欲に溢れていて○。全体に難易度は低いものの、丁寧で好感を持てました。/「有罪としての不在」は短編としては今年一番のお気に入り。
 
●涙流れるままに
島田さんの久しぶりの長篇。……という理由だけで、自動的にランクインしたわけではけっしてありません。吉敷シリーズの「カギを握る女」的存在だった元妻・通子の悲惨な過去の物語と、吉敷が追う冤罪事件の物語を重層的に描いた本作は、島田さん年来のテーマであるところの「日本人論」を全面的に展開した熱気と重量感あふれる力作。社会派ミステリ的な雰囲気が強いとはいうものの、冒頭に置かれた「首の無い死体」の謎は、やはり問答無用の強烈さ&美しさで読者を魅了します。島田さんならではの剛腕ぶりをどうぞたっぷり味わって下さい。
 
ayaメモ
本格として読むならば、いいたいことはいろいろあるけど……この熱気、この剛腕にはどうしても抵抗できないわあ。ともあれ次こそは御手洗ものの新作を!
 
投票者さんのコメント
うーん不満は多いのですが、やっぱ外す訳にはいきませんでした……/先行作品にちりばめた伏線を、雪崩れ回収する迫力とあふれる人間ドラマに乾杯!!/本格か否かという議論を忘れさせてくれる熱い情熱とパワーは、この人ならでは。
 
●象と耳鳴り
締め切りぎりぎりの刊行ながら、ここまで順位を上げてきた恩田陸さんの「本格」短編集。これでもう少し早い時期の刊行だったら、確実に上位入賞を果たしていたでしょう。……これはいうなれば本格ミステリの「詩」。このジャンルの「美しいところ/美味しいところ」だけを繊細な手つきで抽出・蒸留した薫り高い逸品です。心地よい酩酊感にも似たその読後感は、ほかのいかなるミステリからも味わいえない独特のもの。すでにして確固たる世界とファン層を築き上げている作家さんですね。
 
ayaメモ
みずから「三段論法を使えない人間」と称する作者に、ワタシはいったい何を期待すればよいのか。詩美性だけで本格が成立するのか、という実験作集か。
 
投票者さんのコメント
短篇嫌い(苦手)のはずが、ものすごく楽しめた。密度の濃さと毒にくらくら。/どの作品からもものすごーくよい香りが漂っていて抵抗できません。/手を変え品を替え、本格短編の多彩な趣向を楽しませてくれる。巧い。
 
●ドッペルゲンガー宮
メフィスト賞の第12回受賞作。「新本格ルネッサンス」を唄い、わざわざペンネームの命名を島田さんに依頼したという作者が描く、本格スピリットたっぷりの意欲作です。お題は人里離れた岬の先端に立つルネサンス様式の館「流氷館」での連続殺人。すなわちクローズドサークルものであり、ミス研ものであり、名探偵もしこたま、トリックも豪快……その他諸々の本格コードがぎっしり詰め込まれたゴージャスでにぎやかな楽しい一作です。
 
ayaメモ
素晴らしい! 「金田一少年」の原作だったとしたら、ね。ゆうところの「字で描いたマンガ」だわよ。ま、それ以上でもそれ以下でもないわいな。
 
投票者さんのコメント
島田作品の後を継ぐものと考えていいのでは? 本格の匂いをぷんぷんさせた大仕掛けの怪作。/ミステリ読み始めたばかりのあの頃を思い出してしまった。久々に新本格を思い出させてくれたあの秋の夜をぼくは忘れないだろう。
 
●念力密室!
西澤さんの作品から、というより「チョーモンイン・シリーズ」からもう一作、堂々のランクインです。「いかにも」をきわめたシリーズキャラクタたちのかわいらしげな描写とは裏腹に、ホワイダニット・パズラーとして洗練を極め、瀟洒でありながら硬派な作品集といえるでしょう。「超能力の存在を前提とした密室」というテーマのもと、謎解きロジックの面白さ一本に絞り込み、それでいてけっしてマンネリに陥らない作者の手腕はさすがの一言。
 
ayaメモ
個人的には「夢幻巡礼」よりこちらの方が点数が高いわね。ちなみに「能解さんに似ている」といわれるのは、私にとってやや心外だったりする。
 
投票者さんのコメント
Whydunitに徹してこれだけ変化球を見せてくれたらいうことなし。/このシリーズ、「ノリについていけない」とかいう、ご意見もあるでしょうが、「超能力」という、取っ付きやすく説明があまり必要のない「特殊設定」の中で色々な可能性を試せるものだと思うので、楽しいです。


G「というわけで、今年は短編集によいものが多かったようですね。特に新本格一期生の作家さんたちが、揃ってパズラー集を出して下さったのは嬉しい驚きでした」
B「なんちゅうか、これはやはり彼らが本格書きとして誠実であることの現れだと思うわけよ。本格モノとしての検証を、これらの短編集でやっているという……」
G「ということは、その成果を活かして来年は続々と長篇を発表! ということになるんでしょうかね」
B「それはキミ、希望的観測というやつだよ。してまた、希望的観測は裏切られるためにしか存在しない、とね」
G「うーん、そうなのかなあ……ま、いいや。ayaさんのベストを聞きましょうか」
B「ふむ。そうだなあ、ま、こんなところか」
 
ayaの国内ベスト
別    涙流れるままに     島田荘司         光文社
1     法月綸太郎の新冒険   法月綸太郎        講談社
2   どんどん橋落ちた    綾辻行人         講談社
3   サタンの僧院      柄刀 一           原書房
4   ハサミ男        殊能将之         講談社
5   念力密室!       西澤保彦         講談社
 
G「へー、今年はわりとまともですねえ。5作だけだけど。しかしあれだけ『本格として』疑問だしまくりだった『涙』をいけしゃしゃあとランクインさせてくるあたり……」
B「うっさいわねー、あんたはどうなのよお!」
G「ぼくは、あえて『涙』は外しました。入れたいのがいっぱいあったんで……」
 
MAQの国内ベスト
1   サタンの僧院      柄刀 一          原書房
2   法月綸太郎の新冒険   法月綸太郎       講談社
3   念力密室!       西澤保彦        講談社
4   そして二人だけになった 森 博嗣          新潮社
5   どんどん橋落ちた    綾辻行人        講談社
6     夜想曲         依井貴裕        角川書店
7     ハサミ男        殊能将之        講談社
8     堕天使殺人事件     二階堂黎人ほか     角川書店
9     ミレイの囚人      土屋隆夫        光文社
10       QED 六歌仙の暗号      高田崇史        講談社
 
 
B「へえ、『サタン』が1位ね」
G「この作品は、あまり読まれてないような気がしたので、あえて。もちろん作品そのものも素晴らしいですよね。個人的には『島田さんの後継者』という地位にいちばん近いところにいるのが柄刀さんであり、そのことをはっきり証明したのが『サタンの僧院』だと思っています」
B「超ド級にぶっ飛んだ謎の数々。それを解き明かす超絶の三段跳び論法。そしてほとんどバカミス紙一重の大トリック。……まさにキミ好みではあるな」
G「ほとんど褒めてない感じですが……ayaさんだってランクインさせてるじゃないですか」
B「好きだよ、これは。ちょっと頑張りすぎて全体に余裕がないんだけど、愛すべき作品だと思う。今年も大いに期待したいね……しかし、ほかにも読者セレクトではあがってない作品がいくつもあるね」
G「あ、これは意識してます。できるだけ読者さんセレクトのベストと重ならないように選びました。もしこれも皆さんの読書のきっかけにしていただけるなら、できるだけたくさん上げておきたいですから」
B「しっかし『堕天使』なんてゲテなものまで〜?」
G「え〜、楽しかったですよう。ぼくは好きです。リレー小説って云う試みそのものが面白かったなあ。またやって欲しいです」
B「趣味悪〜」
 


 
第2部 海外編
 
順位   作品名            著者                 出版社            票数
1    三人の名探偵のための事件 レオ・ブルース        新樹社      20
2   ポジオリ教授の事件簿    T・S・ストリブリング    翔泳社      18
3   編集室の床に落ちた顔    キャメロン・マケイブ     国書刊行会    17
4   悪魔を呼び起こせ      デレック・スミス       国書刊行会    16
5   自殺の殺人         エリザベス・フェラーズ    東京創元社    14
6   グラン・ギニョール     ジョン・ディクスン・カー   翔泳社      13
7   ペンギンは知っていた    スチュアート・パーマー    新樹社      12
8   マッターホルンの殺人    グリン・カー         新樹社      11
     不変の神の事件       ルーファス・キング      東京創元社    11
10      名探偵登場        ウォルター・サタスウェイト  東京創元社    10
次   幽霊が多すぎる      ポール・ギャリコ         東京創元社    9
 
【ランク外作品】
 
「娼婦殺し」アン・ペリー/集英社 ●「氷の家」ミネット・ウォルターズ/東京創元社(文庫化が99年ということでご投票いただきました)
【ベスト10作品解説】

●三人の名探偵のための事件
「ポジオリ」「編集室」といったマニア好みの問題作を押さえて1位に輝いたのは、幻の本格派レオ・ブルースのパロディ長編。事件そのものは田舎屋敷での密室殺人なのですが、傑作なのは登場する3人の名探偵が、いずれも名だたる傑作の名探偵……ウィムジィ卿にポアロ、そしてブラウン神父!……のパロディであること。作者は巧みに彼らの風貌・所作を写し、品のいい皮肉のスパイスを利かせながらその「名探偵ぶり」をからかっています。3人の展開する推理合戦は、まさにミステリファンにとって最高の贈り物であるに違いありません。
 
ayaメモ
火花散る推理合戦というには、個々の謎解きの密度は物足りないんだけど、楽しさという点ではやはりこれが一番。ブルースという作家はもっと読んでみたいわね。
 
投票者さんのコメント
この種の多段式謎解きものにありがちな「真相がつまらない」という通弊を免れ得なかったのは残念だが、三人の名探偵による推理合戦は楽しかった。/パロディ化された三人の名探偵たちの似てること、似てること。マニア向け? 良いんです、面白ければ。
 
●ポジオリ教授の事件簿
問題作「カリブ諸島の手がかり」で多くのマニアを驚嘆させた、ポジオリ教授シリーズの第3シリーズにあたる短編集です。西欧社会への文明批評や、異質な文化・価値観の衝突、さらにミステリと名探偵への批判/パロディという視点は健在。ポジオリ教授は相変らず三段跳び論法の牽強付会な推理でもって読者を煙に巻きまくります。しかし本格ミステリの極北ともいうべきその超絶的な謎と謎解きは、本格の進むべき道筋に大きな示唆を与えてくれるかもしれません。
 
ayaメモ
「カリブ諸島」ほどの毒っ気はなく、読みやすさではこちらが上。「問題作」だの「超ミステリ」などと聞くととつい構えてしまうけど、気軽に読んでも楽しめるはずよ。
 
投票者さんのコメント
こういう作品がぼろぼろ出てくるから本格の世界は深い!/ロジックとトリックが本格にはかなり重要なんですが、そのロジック、トリックとはいったい何なのか、を考えさせてくれる。これは本格についての超本格です。
 
●編集室の床に落ちた顔
間違いなく99年最大の問題作。曰く「探偵小説への墓碑銘」「探偵小説に終焉をもたらす探偵小説」……なんだかものすごいのですが、実際、無数の推理と無数の真相が瓦礫の山のごとく積み重なっていく様は壮観ですらあるわけで。本格ミステリのルール/タブーをとことん破壊しながら重層的に積み上げられていく謎と謎解きの迷宮は、そのまま本格ミステリに対する批評となっているのです。それにしてもこれだけ徹底したアンチ本格ミステリは他に類例がありません。ここにはまさに、本格ミステリの限界ともいうべき「地点」が示されているのです。
 
ayaメモ
これはやはりマニア向けとしか言い様のない作品で、初心者にはお勧めできないわ。逆にこれを面白がれるようになったら、病膏肓に入った証拠といえるかもねー。
 
投票者さんのコメント
変奇な作品が多かった世界探偵小説全集第2期の中でも、最高にへんてこな一編。/料理は好みだけど材料が気に入らない、という感じはある。ただ、なんやかんや言って、問題作には違いない、という意味を込めて。
 
●悪魔を呼び起こせ
国書刊行会の世界探偵小説全集の第2期最大の呼び物といわれていた幻の本格ミステリ長篇は、アマチュア密室研究家の作者が書いた真っ向勝負の密室もの。それもガッチリした隙のない密室が2つも出てきちゃうゴージャスさで、密室トリックそのもののクオリティもなかなかです。加えてカー風味のオカルト趣味やクイーンばりの謎解きロジックがバランスよく配合され、じっつに楽しくまた読みやすいのもポイントが高いですね。「編集室」とは逆に、初心者の方にも安心してお勧めできる「洗練された古典」といえそうですよ。
 
ayaメモ
マニアあがりの作者にありがちな独りよがりなアンバランスさがなく、伏線の張り方なんかもどうして堂に入ったもの。国書の第2期では、私はこれが一番好きよ。
 
投票者さんのコメント
御大カーの魂を受け継ぐ不可能趣味横溢の傑作。/ブラヴォー! 密室ミステリの傑作、刊行ばんざーい! これでもかとばかりの極めつけの不可能状況を丁寧に解き明かす、その手際の鮮やかさ! ぶっちぎりで今年一番。
 
●自殺の殺人
昨年のGooBoo本格ベスト・海外部門1位の「猿来たりなば」に続くトビー&ジョージシリーズ第2作。 前作ほどの切れ味はないものの、例によってまことに気の利いた本格ミステリの佳品です。自殺のようにも他殺のようにも見える死体を巡る謎……事件の焦点はほぼこの1点に集約され、物語もごくごくシンプルなのですが、縦横に張った伏線を鮮やかに操りながら、最後の最後で鮮やかな真相を提示する作者の手腕は相変わらず冴えわたっています。
 
ayaメモ
前作ほどの驚きはないんだけど、パズルのピースが「まさにそこしかない!」場所にピタリピタリと納まっていく快感。これぞまさしく本格ミステリの醍醐味ね。
 
投票者さんのコメント
昨年に比べると少々小粒だが、やっぱり切れ味抜群!/海外もので本当に本格らしい本格って、これくらいなんじゃないかと思います。/名探偵コンビの2人がいいですね。すっとぼけてて。
 
●グラン・ギニョール
処女長編「夜歩く」の原型となった表題作を中心に、ホラー短編、歴史ロマンス、ショートショートに、そして有名な本格ミステリエッセイ「地上最高のゲーム」を収録したバラエティ豊かな中短編集。うち3篇は初出以来ただの一度も単行本化されていない、という珍品中の珍品です。表題作は「夜歩く」より短い分、事件の構図が非常にすっきりした形で描かれており、作者が手がかりや伏線をいかに配置し、謎解きに収束させていったかがとてもわかりやすい。カーのテクニシャンぶりを知る上で格好のテキストです。
 
ayaメモ
表題作はそういう予備知識が無くてもじゅうぶん楽しめるクオリティ。とはいえ、やはり「夜歩く」を先に読んでおくべきであるのはゆーまでもないわよ!
 
投票者さんのコメント
ほとんど期待してなかった表題作(単に資料的価値みたいにしか思ってなかった)が、かなり面白かった。読めて幸せです。/まさか日本語で読めることになるとは思いませんでした。
 
●ペンギンは知っていた
森英俊さんの監修になる「エラリー・クイーンのライヴァルたち」という叢書の1冊目。クレイグ・ライスを思わせる都会的な軽本格ミステリです。物語の舞台はNYの水族館。ここで起こった奇怪、というより素っ頓狂な事件の謎に、子供たちを引率した女教師探偵が挑戦します。もちろんドタバタコメディ風味もたっぷり、そこへレトロモダンな洒落っけをひとふりし、まことに楽しく賑やかな一編に仕上がっています。謎解きの緻密さという点ではいささか物足りないかもしれませんが、リーダビリティの高さはかなりのものですよ。
 
ayaメモ
「クイーンのライヴァル」を称するにはいささか謎解きとしての骨格が弱いのだけれど、軽本格と割りきって読む分にはこんなに楽しい本はない。ことにライスファンははぜひ。
 
投票者さんのコメント
読まれていないだけで、読まれていればきっと上位にくる作品でしょう。/もっと読まれるべき作品。文庫で出してよー。/この作家の作品はもっと読んでみたいです。
 
●マッターホルンの殺人
「もう1人のカー」と呼ばれる古典本格黄金時代と現代をつなぐ「邦訳空白の時代」に活躍した幻の本格派の代表作。シェイクスピア俳優にして登山家である素人探偵を主人公にしたシリーズの1作です。マッターホルンへ無謀な単独行を行った男が無残な絞殺死体となって発見される……事故に見せかけることは簡単なのに、なぜあえて絞殺したのか。なぜ被害者は周囲の人間が止めるのも聞かず危険な単独行に行ったのか。この2つの謎に絞り込み、丁寧なパズラーに仕上がっています。メイントリックもなかなかユニークですよ!
 
ayaメモ
起こる事件は1つだけ。かっちり作られてはいるのだけれど、いささか地味ね。中盤はいささか冗長でさえある気がして。むしろ短編向きのアイディアだったかもねえ。
 
投票者さんのコメント
かっちりした昔ながらの本格といえばこれです。/トリックにロジック。ちょっと古臭いんですが、すごく丁寧に書かれた寡作だと。/古典にもまだまだ読むべきものがあると思わせてくれた。新樹社はえらい。
 
●不変の神の事件
これまた古典本格と現代をつなぐミッシングリンク的作家の作品ですね。といっても、ひょんなことから死体を抱えて右往左往することになった富豪一族のドタバタ行という感じのストーリィは、ほとんどヒチコックのスリラーかくや。ともかく波瀾万丈で飽きさせないし、しかもラストではかなりのサプライズも用意されています。まあ、本格としてはいかにも軽いのですが、軽本格として読む分にはノープロブレム。どころか、たいへん充実した、しかも無駄のない作品ということができるでしょう。
 
ayaメモ
本格ミステリの骨法は十分に理解した上で、ペーパーバック風のほどよい「通俗」に処理している。息抜きに読むには手ごろなエンタテイメントだわね。
 
投票者さんのコメント
面白い面白い。ともかく飽きさせず読ませてくれた気がします。また、長さもこれくらいがちょうどいいのでは。/映画化とかしたら面白そう。
 
●名探偵登場
ドイルやらフーディニやらが登場し、舞台は英国の片田舎の貴族の邸宅。おまけに幽霊に降霊会ときては、まさしく「いかにも」なんですが、実はこれ1995年発表の新作なんですね。実際、幽霊騒ぎに端を発するドタバタも、結末ではこれらをきれいに取り込んで端正な謎解きが行われますが、謎解きのカタルシスというようなものは希薄です。いうなれば古典本格の世界を戯画化した楽しい読み物、というところでしょうか。実際「あの」雰囲気を伝えることには成功していますし、堅いことをいわずに素直に楽しめばよいでしょう。
 
ayaメモ
まあ、「いかにもな古典本格的シチュエーション」を客観的に描くことで戯画化してる……ってところが読みどころか。といってもリーダビリティは低くないから暇つぶしには最適かも。
 
投票者さんのコメント
フーディニがかっこいいです。というのはどうでもいいんですが、けっこう厚いのに一気に読めて面白かった。/本格ーって感じの雰囲気。


Goo「こちらは、そもそも候補作品そのものが少ないし、ほぼ予想通りというところでしょうか」
Boo「そうね。しかし、『ポジオリ』『編集室』がこんな上位に来るとはねー。想像してた以上にマニアックなランキングになったといえるかも」
Goo「昨年もそうでしたが「海外」だけ棄権ってヒトが多くて。結果として海外編に投票してくださったのは、どうしてもマニアな方が中心になってしまった観はありますね」
Boo「まあ、主要作品は国書刊行会をはじめ高価なハードカバーが中心だしねえ。馴染みのない作家ばかりじゃ、後回しにされても仕方がないのかな」
Goo「でも、創元社さんは文庫で頑張ってますよね。フェラーズに続き、キングやサタスウェイトといった未知の作家を紹介してくださっている」
Boo「そういう風に文庫での紹介が進めば、もっと読まれるようになるんでしょうからね」
Goo「あと、古典作家の未訳を紹介していただくばかりでなく、現代の海外本格も紹介してほしいですよね。そりゃ日本ほどではなくても、海外でもけっして皆無というわけではないみたいだし」
Boo「そうね。軽本格や歴史本格の書き手はけっこういるらしいわねー」
Goo「てなところで、そろそろayaさんの海外ベストは?」
Boo「はいはい、こんなところだわね」
 
ayaの海外ベスト
悪魔を呼び起こせ     デレック・スミス      国書刊行会
自殺の殺人        エリザベス・フェラーズ   東京創元社
三人の名探偵のための事件 レオ・ブルース       新樹社
ポジオリ教授の事件簿   T・S・ストリブリング   翔泳社
グラン・ギニョール    ジョン・ディクスン・カー  翔泳社
 
Goo「やっぱり5つだけ? 『編集室』は入れないんですか?」
Boo「あれを本格として評価するのはつらいでしょ。あまりにもマニアックすぎるし、私自身、楽しめたとはいえないもん」
Goo「ふうん、面白かったけどな。それなりに」
Boo「面白かったというのと楽しめたというのは別のことでしょうが。で? キミは?」
Goo「まあまあ、こんなところですね」
 
MAQの海外ベスト
1  悪魔を呼び起こせ     デレック・スミス    国書刊行会
2  自殺の殺人        エリザベス・フェラーズ 東京創元社
3  三人の名探偵のための事件 レオ・ブルース     新樹社 
4  ポジオリ教授の事件簿   T・S・ストリブリング 翔泳社
5  見つめる家        トム・サヴェージ    早川書房
6  グラン・ギニョール    J・D・カー      翔泳社
5  編集室の床に落ちた顔   キャメロン・マケイブ  国書刊行会
8  ペンギンは知っていた   スチュアート・パーマー 新樹社
9  マッターホルンの殺人   グリン・カー      新樹社
10  不変の神の事件      ルーファス・キング   東京創元社
  
Boo「おやぁ、また『見つめる家』なんて入れてる!」
Goo「いいでしょ、好きなんだもの」
Boo「あれが本格だなんていってるのは、世界中でキミ一人だと思うけどね〜」
Goo「そーかなぁ。ま、たしかにゴシック風味のサスペンスなんですが、あのトリックといい伏線といい、ぼくは本格マインドを感じてしまったんですから仕方がないでしょう」
Boo「うーん、まあたしかによくできちゃあいるが、あれはやっぱ謎の解かれていく過程からして本格ではないだろう」
Goo「それをいわれると辛いんですが、まあ好みということで」
Boo「いいけどね……」
Goo「ま、ともかく。20世紀最後の1年にふさわしいような、素晴らしい本格ミステリがいっぱい読めますように!」
Boo「ということで、今年もよろしく!」
 
【1999年度 本格ミステリベスト 了】

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